階伯(ケベク)の壮絶な最期!/三国時代人物列伝4

 

660年、百済(ペクチェ)は新羅(シルラ)と唐の連合軍に攻められた。相手は圧倒的な兵力を誇っていた。百済の国内は危機感に包まれた。都の扶余(プヨ)では、政権の中枢を担う人たちが侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を重ねていたのだが……。




享楽に溺れた王

百済の31代王・義慈王(ウィジャワン)は、側近たちに首都防衛の最善策を聞いていた。
「唐軍は海を渡ってきていますが、長い船旅で疲れています。上陸早々に総攻撃をかけましょう。新羅軍は唐軍が敗れるのを見たら、早々に退散するでしょう。ですから、まず唐軍から攻めるべきです」
「いや、我々は新羅には何度も勝ったことがあるから、まず新羅軍を攻めましょう。唐軍の行く手を阻んで彼らを待機させ、その間に新羅軍を撃破するのが得策です」
別々の意見が出て、義慈王は決断できずにいた。
もとはといえば、この王が享楽に溺れて国政をないがしろにしたせいで、百済は新羅・唐の連合軍にあなどられてしまったのである。
困り果てた王は、今は左遷させられているが兵法に詳しい高官のもとに使者を派遣した。戦術を聞かれた高官はこう進言した。
「守りを固めて籠城し、敵が疲れるのを待つべきです。彼らの食糧が尽きたところで攻撃を仕掛ければかならず勝てるでしょう」




意見は分かれる一方だった。こんなことでグズグスしている間に、新羅・唐の連合軍は扶余のそばまで迫ってきていた。窮地に陥った百済は、座して死を待つより果敢に攻めていくしか方法がなくなった。
(ページ2に続く)

簡潔に読む!韓国の歴史〔百済の歴史(前編)〕

簡潔に読む!韓国の歴史〔百済の歴史(後編)〕

朱蒙(チュモン)とは誰なのか/三国時代人物列伝1

最大の領土を誇った広開土大王(クァンゲトデワン)/三国時代人物列伝2

善徳(ソンドク)女王はこんな人だった/三国時代人物列伝3

ページ:

1

2 3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る