518年間の王朝政治の終焉!朝鮮王朝全史27

ついに……

高宗への批判が強まり、彼の周囲には不穏な空気が漂っていた。それでも、高宗はロシアに頼らざるをえなかった。大韓帝国の親露政策はますます強くなり、それに危機感を持った日本はロシアとの対決姿勢を鮮明にした。その結果、1904年に日露戦争が起こった。
この戦争は日本が勝利し、ロシアは朝鮮半島での影響力を完全に失った。代わって日本は1905年に大韓帝国との間で保護条約を結び、この地の外交権を剥奪して支配を強めていった。
1907年、オランダのハーグで行なわれた平和会議に高宗が密使を送って日本を糾弾しようとしたことが大問題となり、高宗は退位を余儀なくされた(その後、1919年に亡くなっている)。




次の皇帝には高宗の息子が選ばれ、27代王の純宗(スンジョン)となった。
純宗は即位しても、日本の指示をただ聞くだけの飾りの王だった。大韓帝国の各地では、抗日の戦いが起こっていたが、それらは日本の軍事力によって完全に抑え込まれた。そして、1910年8月に日韓併合が行なわれ、朝鮮半島は日本の植民地となった。ここに朝鮮王朝は滅亡したのである。
最後の王だった純宗は、日本から「李王」と呼ばれ、一応は王の待遇を受けた。しかし、純宗にはなんの実権も与えられないまま、生涯を王宮で過ごし、1926年4月25日に52歳で亡くなった。
こうして朝鮮王朝の27人の王の物語は幕を閉じた。

文=慎 虎俊(シン ホジュン)

高宗(コジョン)の父と閔妃(ミンビ)の争い!朝鮮王朝全史26

イ・ヨンの父・純祖(スンジョ)の苦悩!朝鮮王朝全史24

憲宗(ホンジョン)と哲宗(チョルチョン)の不幸!朝鮮王朝全史25

〔編集〕韓国は日本の植民地時代をどう生きたのか(前編)

ページ:
1 2

3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。左側の上にカラーで色分けされたジャンルのコーナーがありますので、目的に応じて各コーナーをクリックして必要な記事にアクセスしてください。

〔各ジャンルの紹介〕

●話題作
・奇皇后
・雲が描いた月明り
・華政/韓国時代劇
・六龍が飛ぶ
・イニョプの道
●国王列伝/事件簿
・おどろき国王列伝
・三国高麗国王列伝
・事件簿
●歴史人物の実像
・時代劇の主人公
・時代劇の登場人物
・朝鮮王朝劇場
●オクニョ
・登場人物
・豆事典
・歴史解説
●朝鮮王朝人物列伝
●悪女
・朝鮮王朝三大悪女
・悪女たちの朝鮮王朝
●日本と韓国の歴史
・朝鮮王朝全史
・韓国の歴史
・日韓の歴史
・歴史探訪
●歴史事典/編集部
・歴史事典
・編集部

ページ上部へ戻る