『王女の男』に登場する敬恵(キョンヘ)王女の生涯/前編

 

「朝鮮王朝で一番美しかった王女」と称されるのが、15世紀に生きた敬恵(キョンヘ)王女である。彼女は波瀾万丈の生涯を送った女性だ。果たして、敬恵王女の人生とは、どういうものだったのだろうか。

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6歳で母を失う

敬恵(キョンヘ)王女は、ハングルを創製した名君の4代王・世宗(セジョン)の孫である。
彼女の父親は、世宗の長男であった5代王・文宗(ムンジョン)だ。この父親と顕徳(ヒョンドク)王后の間から敬恵王女は1435年に生まれた。
母親の顕徳王后は、敬恵王女が6歳のときに長男となる6代王・端宗(タンジョン)を産むのだが、あまりに衰弱して出産後数日で亡くなってしまった。幼い敬恵王女にとって、とてもつらい出来事だった。




敬恵王女が15歳のときに世宗が亡くなって文宗が即位したが、父親は病弱で床に伏せることが多かった。
敬恵王女は心配でずっと父のそばにいたかったのだが、王族の女性は10代なかばになると嫁に行くのが慣例であり、敬恵王女にも婚礼の話が持ち上がった。(ページ2に続く)

『王女の男』に登場する敬恵(キョンヘ)王女の生涯/中編

『王女の男』に登場する敬恵(キョンヘ)王女の生涯/後編

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