英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)〔第5回/不可解な生母の意図〕

 

米びつに閉じ込められた思悼世子(サドセジャ)の生死はどのようになっていたのだろうか。食料も水も与えられず狭い空間に閉じ込められたままの思悼世子は、まだ生きていたのかどうか。それは誰にもわからないことだった。

dsc_0046

死後に名誉を回復

思悼世子が米びつの中で息絶えていることがわかったのは1762年閏5月21日のことで、閉じ込められて8日目だった。
少しでも想像力を働かせれば、思悼世子がどんなに苦しんだかがすぐにわかる。元来が怖がりの彼は手足を伸ばせないような狭い空間に押し込められて、恐怖の中で何日も苦悶した。
しかも、世子ともあろう人が、いつ亡くなったのかも確認できないのである。あまりにむごい死に方だった。
思悼世子が亡くなったという知らせを受けた英祖(ヨンジョ)は、息子を米びつに閉じ込めた張本人でありながら、意外にも深い哀悼の意を表した。
「どうして30年近い父と子の恩義を感じないでいられるだろうか。世孫(後の正祖のこと)の心の内を考え、大臣たちの意思を推し量れば、その名誉を回復して諡〔おくりな/死後に贈る尊称〕は思悼世子としたい」(ページ2に続く)

仁祖〔インジョ〕/朝鮮王朝おどろき国王列伝3

貞明公主はどんな性格の王女だったのか

光海君〔クァンヘグン〕・前編/朝鮮王朝おどろき国王列伝1

仁祖(インジョ)はなぜ昭顕(ソヒョン)世子の一家を滅ぼしたのか

ページ:

1

2 3

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
 ・日韓交流史
●時代劇の主人公
●三大悪女/奇皇后
 ・朝鮮王朝三大悪女
 ・奇皇后 
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
 ・ドラマ解説 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●朝鮮王朝人物列伝
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・事件簿
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る