日本の古戦場〔第3回/関ケ原〕

 

関ケ原といえば、天下分け目の決戦の代名詞。古戦場は東海道線の関ケ原駅から近い。東海道新幹線に乗っているときも、広々とした関ケ原がよく見える。この場所で1600年に日本の歴史が大きく変わったのだ。

広々とした関ケ原を望む

広々とした関ケ原を望む

_MG_4103

「関ケ原古戦場」の碑が建っている

_MG_4104

ここが開戦地である

序盤は西軍が優勢

関ケ原の戦いは、東軍と西軍が対峙する中で、1600年9月15日の午前8時に始まった。
当時、深い霧がたちこめていたが、徐々に霧が晴れていった。
前線で激しく戦ったのは東軍の福島正則軍と西軍の宇喜多秀家軍。1万7千の宇喜多秀家軍の攻めは凄まじく、6千の福島正則軍は劣勢を強いられた。
黒田長政と細川忠興の軍勢は、笹尾山に本陣を置く石田三成を狙った。
しかし、石田三成の軍勢は手ごわい。猛将として知られる島左近に率いられ、鉄の結束で相手を蹴散らした。
三成の僚友である大谷吉継が率いる軍勢は、藤堂高虎軍を一気に追い詰めた。このように、序盤は西軍が優勢であった。(ページ2に続く)

ページ:

1

2 3 4

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
 ・日韓交流史
●時代劇の主人公
●三大悪女/奇皇后
 ・朝鮮王朝三大悪女
 ・奇皇后 
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
 ・ドラマ解説 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●朝鮮王朝人物列伝
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・事件簿
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る