朝鮮王朝大物列伝

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朝鮮王朝大物列伝

仁祖(インジョ)の側室として横暴にふるまった趙氏(チョシ)の正体は何か

趙氏(チョシ)の正確な誕生年は、歴史の記録に残されていない。彼女は1629年、仁祖(インジョ)の正室に付き従う女官として王宮の門をくぐったと推測されている。当時の正室とは、仁祖の最初の妻である仁烈(インニョル)王后であった。趙氏の身分は決し...
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『華政』で描かれた貞明公主は仁祖の治世でどう生きたのか

韓国時代劇『華政〔ファジョン〕』で主人公となった貞明(チョンミョン)公主(コンジュ)。劇中の彼女は、時の権力者である仁祖(インジョ)に対して一歩も引かなかった。非常に気丈で闘争心あふれる女性として描写されている。しかし、史実における彼女の姿...
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【朝鮮王朝歴史検証】光海君(クァンヘグン)と仁祖(インジョ)はどちらが駄目だった?

時代劇『王の顔』では、ソ・イングクが光海君(クァンヘグン)を演じていた。彼が演じたのは、知性的な国王の姿だった。このように描かれた光海君は1575年に誕生した。その20年後となる1595年、仁祖(インジョ)がこの世に生を受けた。2人の年齢差...
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仁祖に嫌われた昭顕世子の暗黒人生【異国】人質になってどう過ごしたのか

17世紀前半の東アジアは、激しい転換期を迎えていた。新興国である後金(のちの清)が台頭し、朝鮮半島へと牙を剥いたのである。圧倒的な武力を誇る大軍勢の前に、朝鮮王朝軍の劣勢は明らかであった。ついに1637年1月、朝鮮王朝は無条件降伏を余儀なく...
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果たして光海君(クァンヘグン)は何者なのか【生涯】驚異的な栄光と転落の軌跡

光海君(クァンヘグン)については、過去に映画やドラマでたくさん取り上げられている。その中でも、ドラマ『王の顔』で演じたソ・イングクがとても印象的だった。彼は光海君の知性的な部分を巧みに表現していた。そんな光海君は、史実でどんな人生を歩んだの...
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端宗(タンジョン)の悲劇はなぜ起こったのか/映画『王と生きる男』で描かれた悲運の王

韓国で観客動員数1600万人を突破したメガヒット映画『王と生きる男』。流刑後に死罪となった端宗(タンジョン)と配流先の村人たちとの交流を描いた作品であった。端宗を演じたのはパク・ジフン。彼の名演技によって、歴史上の悲運の人物が再び脚光を浴び...
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「女真族」がつくった「後金」(後の「清」)はどんな大国だったのか

間違いなく韓国時代劇の金字塔とも称される傑作『恋人~あの日聞いた花の咲く音~』。ナムグン・ミンとアン・ウンジンが主演したこのドラマでは、朝鮮王朝と女真族との戦いが鮮烈に描かれていた。そして、戦闘に強かった女真族がつくった国が後金であり、後に...
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イ・サンが本名の正祖(チョンジョ)は暗黒時代の朝鮮王朝に革新とルネサンスをもたらした

大ヒットを記録した時代劇『赤い袖先』において、主演のジュノ(2PM)は見事な演技力を披露した。彼が扮したのは、イ・サンという名で広く知られる第22代国王の正祖(チョンジョ)である。劇中の彼は、民を思いやる理想的な統治者として強烈な存在感を放...
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燕山君に代わって即位した中宗はなぜ端敬王后を守れなかったのか

時代劇『七日の王妃』では、ヒロインの端敬(タンギョン)王后をパク・ミニョンが演じた。そして、燕山君(ヨンサングン)はイ・ドンゴン、中宗(チュンジョン)をヨン・ウジンが扮していた。この3人の関係性を史実で紹介しよう。名君と称された9代王・成宗...
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『赤い袖先』でイ・サン(正祖)を演じたジュノ(2PM)の演技に名君の魂が宿った!

韓国時代劇『赤い袖先』で、主人公の第22代国王・正祖(チョンジョ)を熱演したのが2PMのジュノである。本名であるイ・サンという名でも広く知られるこの名君を演じるにあたり、彼の没入度は尋常ではなかった。ドラマの序盤において、主人公はまだ国王で...
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仁祖(インジョ)が仕掛けた光海君(クァンヘグン)廃位の真相

時は1623年。朝鮮王朝の歴史を揺るがす政変が勃発した。15代王である光海君(クァンヘグン)は、反乱軍によって王宮から引きずり降ろされた。この政変を主導した王族は、自ら新たな玉座に座る。これが16代王の仁祖(インジョ)である。勝者は敗者を歴...
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イ・サンという名で知られる正祖(チョンジョ)はどれほど優れた国王だったのか

傑作時代劇『赤い袖先』で、ジュノ(2PM)が演じた22代王・正祖(チョンジョ)。本名はイ・サン。朝鮮王朝には王座に就いた人物が全部で27人いたが、その中でも正祖はずば抜けた知識を誇っていた。彼は単なる知識人にとどまらない。その優れた文才と圧...
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朝鮮王朝16代王の仁祖(インジョ)は失敗ばかりの国王だったのか

朝鮮王朝の歴史において、大きな転換点となった事件がある。1623年に起きた宮廷クーデターである。この政変により、当時の君主であった15代王の光海君(クァンヘグン)は王座を追われた。代わって最高権力者の座に就いたのが綾陽君(ヌンヤングン)であ...
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光海君(クァンヘグン)はどのように生きたのか【反乱の首謀者は仁祖(インジョ)】

朝鮮王朝の歴史において、これほど評価が両極端に分かれる人物も珍しい。第15代王の光海君(クァンヘグン)である。彼は冷酷非情な独裁者だったのか。それとも、優れた手腕を持つ指導者だったのか。その生涯は、まさに波乱万丈という言葉がふさわしい。光海...
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綾陽君(ヌンヤングン)/仁祖(インジョ)の生涯〔後編〕

1645年4月、仁祖の長男の昭顕(ソヒョン)は長い人質生活から解放されて8年ぶりに母国に帰ってきたのに、わずか2カ月で急死してしまった。その遺体は毒殺されたかのように黒ずんでいたという。策士のように動いた悪女昭顕の妻であった姜(カン)氏が一...
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綾陽君(ヌンヤングン)/仁祖(インジョ)の生涯〔前編〕

14代王・宣祖(ソンジョ)は、寵愛した側室の仁嬪(インビン)・金(キム)氏との間に4男5女をもうけたが、その1人が定遠君(チョンウォングン/1580~1619年)だった。彼には綾陽君(ヌンヤングン)という息子がいた。この綾陽君こそが、後の仁...
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流刑地の済州島で世を去った光海君(クァンヘグン)

朝鮮王朝が実施した流刑は、罪の軽重によって流配地を決定するというものだった。つまり、重い罪を負うほど漢陽(ハニャン/現在のソウル)から遠い場所に流されたのである。特に、多かったのが朝鮮半島西南部の諸島や済州島(チェジュド)。とりわけ、朝鮮王...
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