韓国で観客動員数1600万人を突破したメガヒット映画『王と生きる男』。流刑後に死罪となった端宗(タンジョン)と配流先の村人たちとの交流を描いた作品であった。
端宗を演じたのはパク・ジフン。彼の名演技によって、歴史上の悲運の人物が再び脚光を浴びている。その当事者となる端宗の人生を振り返ってみよう。
端宗がこの世に生を受けたのは1441年。朝鮮王朝における第5代国王・文宗(ムンジョン)の長男として誕生した。祖父は偉大な第4代国王・世宗(セジョン)である。由緒正しき血脈を受け継ぐ嫡男であったが、その行く手には早くから暗雲が立ち込めていた。
叔父は危険な首陽大君
父の文宗は1450年に即位したが、とても病弱であった。激務である国政を長く担うことは不可能だったのだ。即位からわずか2年後の1452年、文宗は病に倒れて帰らぬ人となる。国家の頂点に立ったのは、後を継いだ端宗であった。この時、彼はわずか11歳の少年にすぎない。子供の身で巨大な国家を統治することなど、到底できるはずもなかった。
自ら政治を行えない幼い王を支えるため、2人の有力な臣下が実権を握る。1人は歴戦の武将である金宗瑞(キム・ジョンソ)。異民族から国境を守り抜いた英雄であった。もう1人は皇甫仁(ファンボ・イン)。忠義に厚い政治家として信頼されていた。この2人が若き王の補佐役を務めた。
しかし、この状況を憎悪の目で見つめる男がいた。端宗の叔父にあたる首陽大君(スヤンデグン)である。王座への異常な執着を隠し持っていた彼は、「あの2人が幼い王を理由にして、国の権力を独占している」と見なした。
金宗瑞を襲撃
首陽大君は具体的な行動を開始する。現在の体制に不満を抱く者たちを密かに自らの陣営へと引き入れていった。その中心となったのが、韓明澮(ハン・ミョンフェ)と申叔舟(シン・スクチュ)という2人の切れ者である。
彼らは影で緻密なクーデターの計画を練り上げた。しかし、事が国家への反逆である以上、失敗すれば命はない。計画が進むにつれて弱気になり、逃げ出そうとする者や彼を止めようとする者が出始めた。首陽大君の決意も一瞬揺らぐ。だが、王座への野心が恐怖を上回った。彼は臆病風に吹かれた同志たちを振り払い、ついに凶行へと足を踏み出す。
運命の夜、首陽大君はわずか2名の腹心を従え、金宗瑞の邸宅を訪れた。屋敷の前には、金宗瑞の息子である金承珪(キム・スンギュ)がいた。首陽大君は彼に対し「急ぎの用件があるため、父親へ会わせてほしい」と頼んだ。
しばらくして、金宗瑞が屋敷の中から姿を現す。身分の高い首陽大君を丁重に中へ招き入れようとした。だが、首陽大君は頑なに門外から動かない。不審に思いながらも、金宗瑞は自ら首陽大君のそばへと歩み寄った。そこで首陽大君は、帽子についている羽飾りを貸してほしいと要求する。金宗瑞が息子にそれを取りに行かせた隙を突いた。首陽大君の懐から一通の書状が差し出されたのである。
すでに日は落ちており、辺りは真っ暗だった。金宗瑞は書状を読もうと、月明かりに顔を向けた。完全な無防備状態である。その瞬間を見逃さず、首陽大君が合図を送る。従者の1人が隠し持っていた重い鉄槌を振り下ろした。歴戦の英雄はなす術もなく倒れ込む。不意を突かれた惨状を見た息子の金承珪が、父親をかばおうと体の上に覆いかぶさった。しかし、そこをもう1人の従者が冷酷に刀で切り裂いた。
死六臣の抵抗
政敵を排除した首陽大君は、そのまま端宗の居室へと乗り込んだ。
「金宗瑞を排除いたしました。次は皇甫仁を処断せねばなりません」
そう言い放つ叔父の姿に、幼い端宗は激しい恐怖を覚えた。圧倒的な暴力の前に、少年王は言われるがまま高官を招集する王命を出してしまう。
首陽大君の同志である韓明澮は、恐ろしい罠を仕掛けていた。王命で集まった高官たちを、あえて狭い門から1人ずつ中へ入らせるように仕向けたのだ。門の内側には刺客が潜んでいた。首陽大君を批判していた者たちは、門をくぐったところで次々と殺害される。皇甫仁もまた、無抵抗のまま惨殺された。こうして首陽大君が権力を掌握した凄惨な事件は「癸酉靖難(ケユジョンナン)」と呼ばれる。
首陽大君は、1455年に強引な手段で甥から王位を奪う。彼は第7代国王・世祖(セジョ)として即位した。玉座を追われた端宗であったが、彼に忠誠を誓い続ける者たちもいた。成三問(ソン・サムムン)を中心とする「死六臣」である。彼らは端宗を王に戻すため、世祖の暗殺計画を企てた。しかし、無情にもその計画は失敗に終わってしまう。成三問たちは捕らえられ、全員が処刑された。
その後、世祖は冷酷な決断を下す。
「先王を生かしておけば、再び今回のような事態が起こるかもしれない」
そう危惧した彼は、甥である端宗を流罪にした後に死罪を命じた。1457年、端宗は無念の中でこの世を去った。享年16歳という若さであった。
権力に執着する叔父の野望の犠牲となった端宗。彼の凄惨な人生はこうして幕を閉じた。
文=康 大地(こう だいち)





