綾陽君(ヌンヤングン)/仁祖(インジョ)の生涯〔後編〕

朝鮮王朝大物列伝
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1645年4月、仁祖の長男の昭顕(ソヒョン)は長い人質生活から解放されて8年ぶりに母国に帰ってきたのに、わずか2カ月で急死してしまった。その遺体は毒殺されたかのように黒ずんでいたという。

 

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策士のように動いた悪女

昭顕の妻であった姜(カン)氏が一番に疑ったのが、医官の李馨益(イ・ヒョンイク)だった。
李馨益は、急病に陥った昭顕に鍼治療を行なった人物だ。しかし、彼は仁祖の側室であった趙(チョ)氏と親しい間柄だった。
なにしろ、李馨益は趙氏の実家にひんぱんに出入りしていた。当然ながら、趙氏の意向に沿った動きができる医官であった。
趙氏といえば、単に仁祖の側室であるだけではなかった。むしろ、仁祖の背後で策士のように動いた悪女であったのだ。
姜氏が疑いを持つのも当然だった。

趙氏は昭顕夫婦と仲が悪かった。
清にかぶれてしまった昭顕に対して、仁祖が強い猜疑心を抱いたことを趙氏はよく知っていた。
そんな趙氏が李馨益に毒鍼を打たせた可能性は、かなり高かった。
あるいは、仁祖自身が命令して趙氏が裏で動いたのかもしれなかった。
いずれにしても、王宮の中で「李馨益が鍼に毒を塗って昭顕を殺した」という噂が広まった。
すかさず動いたのが、官僚の不正を糾弾する役所の司憲府(サホンブ)だった。(ページ2に続く)

綾陽君(ヌンヤングン)/仁祖(インジョ)の生涯〔前編〕

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