綾陽君(ヌンヤングン)/仁祖(インジョ)の生涯〔後編〕

朝鮮王朝大物列伝
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外交に大失敗

歴史上で、仁祖はどのように評されているか。
1623年にクーデターで王位に上がるまでの綾陽君(ヌンヤングン)時代の仁祖は、統率力もあり優秀な人物だった。
そのときまでの彼は相応に評価も高い。
しかし、王位に上がったあとの仁祖は、凡庸のそしりをまぬがれない。外交に大失敗して清に攻められたのは、その典型である。

また、寵愛する側室の趙氏に振り回されて、息子の昭顕の毒殺に関与した疑いを持たれている。
さらには、アワビ毒物事件を捏造して昭顕の妻であった姜(カン)氏を死罪にしてしまった。
人間的にも王にふさわしくない男と言わざるをえない。
仁祖の王族としての役目は、光海君を王宮から追放した時点で終わっていたのかもしれない。

(終わり)

写真=井上 孝

文=康 熙奉(カン ヒボン)

この記事を書いた人
康(カン)煕奉(ヒボン)

韓国の歴史・文化・韓流や韓国ドラマに関する著作が多数。『知れば知るほど面白い 朝鮮王朝の歴史と人物』などの歴史シリーズはベストセラーになりました。他の主な著書は『悪女たちの朝鮮王朝』『1冊でつかむ韓国二千年の歴史と人物』『朝鮮王朝「背徳の王宮」』『韓国ドラマ!愛と知性の10大男優』『韓国ドラマ!推しが見つかる究極100本』『韓流スターと兵役』『韓国ドラマ究極ベスト選 史上最高の韓流傑作は何か』など。

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