流刑地の済州島で世を去った光海君(クァンヘグン)

朝鮮王朝大物列伝
光海君が流された済州島
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すべては後の祭

済州島に着いたとき、光海君は初めて自分が孤島に流されたことを知る。
「なぜ、こんなところへ……」
光海君は絶望した。
この島で骨を埋める覚悟もなかなかできなかった。

「ご在位のとき、奸臣を遠ざけ、良からぬ者が政にかかわらぬようにしていれば、ここまで遠くにお出でにならなかったのに……」
島の役人にそう言われたものの、すべては後の祭であった。
光海君は済州島で、「王の座を追われたのは、ご自身が招いた結果」と周囲の者から陰口を言われて暮らした。
光海君が没したのは1641年。享年66歳。15年も王位にあった者としては、寂しい晩年だった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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康(カン)煕奉(ヒボン)

韓国の歴史・文化・韓流や韓国ドラマに関する著作が多数。『知れば知るほど面白い 朝鮮王朝の歴史と人物』などの歴史シリーズはベストセラーになりました。他の主な著書は『悪女たちの朝鮮王朝』『1冊でつかむ韓国二千年の歴史と人物』『朝鮮王朝「背徳の王宮」』『韓国ドラマ!愛と知性の10大男優』『韓国ドラマ!推しが見つかる究極100本』『韓流スターと兵役』『韓国ドラマ究極ベスト選 史上最高の韓流傑作は何か』など。

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