裕福な大地主
難航した貞明公主の婿選びだが、時間をかけてようやく最適な相手が見つかった。
それが、高官の息子であった洪柱元(ホン・ジュウォン)である。
洪柱元のほうが3歳年下だった。
当時、姉さん女房というのは珍しくなかった。花嫁のほうが花婿より年上というのは、よくあることだったのだ。
結婚後には、貞明公主と洪柱元は王宮のそばの豪華な屋敷に住んだ。
仁祖が大妃(テビ)である仁穆王后のご機嫌を取るために、貞明公主に破格の待遇を与えたからである。
おかげで、貞明公主は屋敷以外にも地方に広大な土地を所有する地主になった。
仁穆王后は娘の幸せを願いながら1632年に亡くなった。
その直後から仁祖が態度をガラリと変えて貞明公主につらく当たったのだが、貞明公主は辛抱強く耐えて洪柱元と幸せな結婚生活を送った。
貞明公主にとって大きかったのは、やはり裕福な大地主だったということだ。経済的な安定があったからこそ、彼女は7男1女を立派に育てることができたのだ。
そして、息子たちは相応に出世して家門を高めた。
1672年に洪柱元が66歳で世を去り、その13年後の1685年に貞明公主が亡くなった。享年82歳だった。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
康 熙奉(カン ヒボン)
1954年東京生まれ。在日韓国人二世。韓国の歴史・文化と、韓流および日韓関係を描いた著作が多い。特に、朝鮮王朝の読み物シリーズはベストセラーとなった。主な著書は、『知れば知るほど面白い朝鮮王朝の歴史と人物』『朝鮮王朝の歴史はなぜこんなに面白いのか』『日本のコリアをゆく』『徳川幕府はなぜ朝鮮王朝と蜜月を築けたのか』『悪女たちの朝鮮王朝』『宿命の日韓二千年史』『韓流スターと兵役』など。最新刊は『いまの韓国時代劇を楽しむための朝鮮王朝の人物と歴史』。
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