5大王宮の一つ「慶熙宮(キョンヒグン)」は歴史の荒波に翻弄されてきた

DSCF7719

慶熙宮の正殿の崇政殿(スンジョンジョン)

一時は学校になっていた

ドラマ『イ・サン』でも、正祖が暗殺の危機に直面するシーンが何度も出てきたが、それはフィクションではなく「朝鮮王朝実録」にも記載されている事実だったのである。
厳重な警備によって正祖は暗殺されずに済んだが、慶熙宮は構造的に賊の侵入を招きやすいと判断され、正宮は昌徳宮(チャンドックン)に移された。
とはいえ、王宮としての佇まいを残していたのは1910年までだった。植民地時代には朝鮮王朝時代の建物が撤去されて日本人学校の京城中学が建てられた。その時点で敷地も半分以下になってしまった。




さらに、韓国が建国されたあとは、ソウル高等学校になった。その段階で、ここがかつての王宮であったことを人々は忘れてしまったのである。
転機となったのはソウル高等学校が移転して空き地になったことだ。1987年から慶熙宮の復元工事が始まり、2002年から一般に公開されるようになった。100棟以上の荘厳な建物が並んでいたという往時と比較することはできないが、それでも主要な建物が復元されたことで、慶熙宮は再び王宮としての輝きを取り戻した。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

人生を左右する科挙にも不正が多かった

朝鮮王朝で迫害された仏教はその後も根強く残った

朝鮮王朝の悲劇の王「端宗(タンジョン)」の最期とは?

ページ:
1

2

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
 ・日韓交流史
●時代劇の主人公
●三大悪女/奇皇后
 ・朝鮮王朝三大悪女
 ・奇皇后 
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
 ・ドラマ解説 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●朝鮮王朝人物列伝
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・事件簿
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る