名作時代劇として名高い『赤い袖先』では、主人公のイ・サンを2PMのジュノが熱演している。そして、イ・セヨン扮する宮女ソン・ドギムとの間に育まれる切ない純愛が、見事に描き出されていた。身分の壁を超越した2人の結びつきは、間違いなくこのドラマの最大のハイライトである。
しかし、物語の魅力は決してそれだけにとどまらない。宮廷という閉ざされた空間で渦巻く、女性たちの熾烈な権力闘争も描かれている。それが作品全体に深い陰影と緊張感を与えているのだ。
とりわけ際立った存在感を放っていたのが、ソ・ヒョリムが怪演した和緩(ファワン)翁主(オンジュ)である。さらに、チャン・ヒジンが演じた若き王妃キム氏の存在も忘れてはならない。歴史の記録において、この王妃キム氏は貞純(チョンスン)王后として広く知られている。
以上の2人が繰り広げる激しい対立は、幾度もドラマを緊張感で包み込んでいた。
権勢を誇るプライド高き王女
まずは、和緩翁主という人物の生い立ちを紐解いてみよう。彼女の父親は、第21代国王として君臨した英祖(ヨンジョ)である。そして母親は、王の側室として深い寵愛を受けていた映嬪・李氏(ヨンビン・イシ)であった。つまり、悲劇的な最期を遂げることとなる思悼世子(サドセジャ)は、彼女の実の兄にあたる。
朝鮮王朝の厳格極まりない身分制度においては、正室から生まれた王女は「公主(コンジュ)」と呼ばれる。一方で、側室から生まれた王女は「翁主」と呼ばれていた。ここには明確な格差が設けられており、和緩翁主は後者の立場であった。本来のしきたりに従えば、国家の最高位にある王妃に対しては、絶対的な服従を強いられる身分にすぎない。
ところが、和緩翁主は幼い頃から英祖より異常なほどの溺愛を受けて育った。その結果、本来の身分の壁を軽く飛び越えるほどの権力を握るに至る。宮廷内において、彼女は次第に傍若無人な振る舞いを繰り返すようになっていった。
51歳差という衝撃の政略結婚
宮中で絶対的な権威と名分を持っていたのが王妃キム氏である。英祖の最初の正妃として寄り添った貞聖(チョンソン)王后は、1757年にこの世を去ってしまった。国母の座が空席のまま放置されることは、国家の根幹を揺るがす異常事態である。そのため、喪が明けた2年後、英祖は新たな王妃を急遽迎え入れた。それが王妃キム氏であった。
ここで人々を驚愕させたのは、その年齢である。婚姻の儀式が執り行われた当時、新郎である国王の英祖はすでに65歳という高齢に達していた。ところが、新たな花嫁として選ばれた王妃キム氏は、まだわずか14歳のあどけない少女だったのである。両者の間には、実に51歳もの年齢差が存在していた。
祖父と孫娘以上に離れたこの世代間結婚は、当時の朝廷内に渦巻く政治的思惑が色濃く反映された結果である。しかし、この若き王妃は決して操り人形の小娘などではなかった。並外れた知力と途方もない野心を胸の内に秘めていた。そして、陰謀渦巻く厳しい宮廷を冷徹に生き抜く覚悟を、すでに持ち合わせていたのである。
年上の娘と年下の母の激突
65歳の老王と14歳の新妻という夫婦が誕生した。これによって、王の子供たちと新王妃の間に、複雑怪奇な年齢の逆転現象が起きてしまった。
実際のところ、英祖の娘である和緩翁主は、新しい義母となった王妃キム氏よりも7歳も年上であった。プライドが異常に高く、これまで父親の愛情と権力をほしいままにしてきた和緩翁主の心中は察するに余りある。自分よりずっと年下の少女が、ある日突然「母親」として君臨したのだ。これは彼女にとって、到底受け入れがたい屈辱であったに違いない。
ドラマ『赤い袖先』において、2人が火花を散らす理由はここにある。年上の翁主は、若き継母を露骨に見下し、自らの権勢を周囲に見せつけようと画策する。しかし、朝鮮王朝で王妃は、揺るぎない「国母(クンモ)」である。国家の最高位にある女性なのだ。
たとえ和緩翁主がどれほど王の寵愛を盾にして牙を剥こうとも、身分と序列という巨大な壁は覆せない。王妃キム氏の優位性は、誰の目にも明らかな不動の事実であった。年齢は上だが身分は下の翁主と、年齢は下だが身分は最高の王妃。この2人の女性のプライドを懸けた暗闘は、物語の奥行きをさらに深める重要なスパイスとなっている。
美しい愛情物語のすぐ傍らで繰り広げられた権力闘争のリアルが、この傑作時代劇をいっそう魅力的なものに昇華させていた。
画像=MBC
文=康 大地(こう だいち)






