不可解な昭顕世子(ソヒョンセジャ)の急死

時代劇の登場人物

清への復讐を誓う

仁祖の暴挙は続きます。彼は、「自分を毒殺しようとした」という嫌疑をかけて、昭顕世子の妻を死罪にしています。そこまでして、仁祖は昭顕世子の家族を滅ぼしたかったのです。
この仁祖は1649年に世を去り、鳳林が17代王・孝宗(ヒョジョン)として即位します。
彼の諡には、朝鮮王朝が生活規範の中で最も重視した「孝」が入っています。息子としては、最高の名誉と言えるかもしれません。
実際、孝宗は父の屈辱を晴らそうとしていました。
清への侵攻をずっと狙っていたのです。
しかし、財政事情がそれを許さず、結局は40歳で世を去るまで満願を成就できませんでした。




それで良かったのかもしれません。
清は明に代わって中国大陸を支配する大国になっており、朝鮮王朝が太刀打ちできる相手ではなかったのです。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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