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過去の記事一覧
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張禧嬪(チャン・ヒビン)こそが朝鮮王朝で一番有名な女性!
張禧嬪(チャン・ヒビン)は親戚に通訳官をしている人がいたことから、そのコネで女官として王宮に入ってきた。大変な美女だったということで、やがて19代王・粛宗(スクチョン)の寵愛を受けるようになった。 … -
張緑水は朝鮮王朝の厳しい身分制度が生み出した悪女!
張緑水(チャン・ノクス)は、10代王・燕山君(ヨンサングン)の側室となった女性である。「朝鮮王朝三大悪女」の1人として知られているが、いったい彼女は何をしたのだろうか。 妓生… -
仁祖の息子の孝宗と孫の顕宗はどんな王だった?
1649年に即位した17代王の孝宗(ヒョジョン)は、仁祖(インジョ)の二男である。彼は兄の昭顕(ソヒョン)世子(セジャ)と一緒に長く清の人質になっていた。1645年、兄は先に帰国した。この時点で王の後… -
朝鮮王朝ではなぜ呪詛(じゅそ)が多かったのか?
人を呪い殺す儀式が呪詛(じゅそ)です。『太陽を抱く月』などをはじめとする韓国時代劇を見ていると、標的を呪い殺すために呪詛をするシーンがよく出てきます。なぜ、それほど呪詛がひんぱんに行なわれたのでしょう… -
王朝の危機に手を結んだ貞熹(チョンヒ)王后と韓明澮(ハン・ミョンフェ)!
時代劇の『王女の男』で、脇役でありながら特別な存在感を放っていたのが、貞熹(チョンヒ)王后と韓明澮(ハン・ミョンフェ)だった。歴史的にも2人は結託して王の即位に重要な役割を果たしている。 王… -
鄭道伝が太宗に殺された「王子の乱」
朝鮮王朝を開国した初代王・太祖(テジョ=李成桂イ・ソンゲ)。その陰には太祖をあらゆる面で支える男がいた。それが鄭道伝(チョン・ドジョン)だ。しかし、王位継承をめぐる争いの中で、鄭道伝の命運は尽きてしま… -
朝鮮王朝にはこんなにも王位継承をめぐる重大事件が多かった!
朝鮮王朝の歴史で注目したいのは、歴代王の即位に至る経緯である。なぜそこにこだわるかといえば、王権の安定に決定的に影響していたからだ。もっとわかりやすくいえば、「正室から生まれたのか、側室から生まれたの… -
中宗(チュンジョン)の挫折!理想的な政治ができなかった国王
中宗(チュンジョン)は、異母兄の燕山君(ヨンサングン)が暴政の末に廃位となったので、1506年に「代理の王」のような形で11代王になった。それが、彼にとっての苦悩の始まりであった……。 … -
燕山君(ヨンサングン)と中宗(チュンジョン)!王朝を混乱させた2人の王
10代王・燕山君(ヨンサングン)は、9代王・成宗(ソンジョン)の長男だ。彼の母は王妃だったが、廃妃になった末に死罪となっている。そのいきさつを幼い燕山君は知らなかった。父親の成宗が「その話はするな! … -
安平大君(アンピョンデグン)と首陽大君(スヤンデグン)の対立の結末は?
◆首陽大君(スヤンデグン/1417~1468年) 世宗(セジョン)の二男で、1455年に世祖(セジョ)として即位した。 ◆安平大君(アンピョンデグン/1418~1453年) 世宗(セジョン)の三男で…