世襲の悲劇
燕山君の母は、成宗の顔を引っかいて死罪になっています。成宗は周囲に、この母親のことを燕山君にはいっさい話してはならないと厳命し、燕山君は事実を知らずに育ちました。
しかし、王位についた燕山君に取り入ろうとした者が、結局は燕山君に真相を話してしまいます。正しい判断ができる王であれば、事態を荒立てることはなかったでしょうが、燕山君は一方的な話を真に受け、母の死罪に関わった人たちを虐殺します。さらに、酒池肉林の連続で政治を大混乱に陥れました。
燕山君は本当に困った王でしたが、ある意味、世襲の悲劇とも言えます。
つまり、「なってはいけない人がなってしまった」ところに誤りがあり、さらに、早めに是正する手段を当時の政治が持っていなかったことも大問題でした。
最終的に燕山君は1506年にクーデターで追放されるのですが、それまでに時間がかかりすぎています。
その間に多くの悲劇が生まれてしまいました。
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