医官のホ・ジュン(許浚)

非難されたホ・ジュン

1592年、豊臣軍による壬辰倭乱(イムジンウェラン/日本でいえば文禄の役)が始まった。
この戦いで朝鮮王朝は劣勢を強いられた。都にまで伸びた戦火の前に、14代王・宣祖(ソンジョ)は、臣下を連れてただ逃げることしかできなかった。その時、宣祖が引き連れた家臣の中にホ・ジュンの姿もあった。
ホ・ジュンは宣祖との逃避行の最中、正しい医学知識がないために命を散らす民衆を多く見た。彼はその姿を見て、「わかりやすく正しい医学書」の必要性を感じた。
1598年、長く王朝を苦しめた戦争は終結した。戦時中、片時も宣祖から離れなかったホ・ジュンは、高官へと出世した。
これには、多くの臣下たちから非難の声があがった。しかし、ホ・ジュンに高い信頼感を持つ宣祖はそうした訴えをすべて無視した。




ホ・ジュンは宣祖の配慮に深く感謝して、今まで以上に医学に没頭するようになる。しかし、ホ・ジュンの思い通じず、1608年に宣祖は亡くなった。
王に可愛がられたホ・ジュンに嫉妬した臣下たちが、ホ・ジュンの職務怠慢だと上訴した。
(ページ3に続く)

ホ・ジュン(許浚)は名著『東医宝鑑』を書いた真の偉人!

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