光海君(クァンヘグン)と仁穆(インモク)王后はなぜ激しく対立したのか

光海君の首

仁穆王后の恨みは甚だしかった。
それも当然だ。息子を殺されたうえに、自分も大妃の身分を剥奪されて幽閉されたのだから……。
恩をあだで返された、という強い恨みが仁穆王后を鬼にした。
1623年、光海君はクーデターによって王宮を追放された。このとき、仁穆王后は、捕らえられた光海君の斬首を強く主張した。クーデターを成功させて16代王になった仁祖(インジョ)は、「それだけはできません」と何度も拒んだが、執拗に仁穆王后は光海君の斬首を命じた。




仁穆王后には、「光海君の首を取らなければ、恨みを晴らすことができない」という強い感情があった。
結局、光海君は流罪となり、仁穆王后の願いは叶わなかった。
それでも仁穆王后はあきらめず、光海君の命を奪う機会を狙っていた。
結局、仁穆王后が世を去ったのは1632年だった。光海君は仁穆王后より9年長生き
した。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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