中宗(チュンジョン)/朝鮮王朝おどろき国王列伝12

 

第12回 重臣たちに頭が上がらない国王

中宗(チュンジョン)は燕山君(ヨンサングン)の異母弟で、実母に溺愛されて幸せに育った。一方の燕山君は実母が廃妃のうえに死罪になっており、孤独の中で育った。「同じ成宗(ソンジョン)の息子なのに、なぜこれほど境遇が違うのか」という妬みから、燕山君は徹底的に中宗をいじめている。中宗にすれば、相手は王だから「いずれは殺される」という恐怖心を抱いた。




影が薄い存在

燕山君を王宮から追放するクーデター軍が次の王としてかついだの中宗だが、中宗は自宅に来たクーデター軍を見て、てっきり燕山君が送った軍隊が自分を殺しに来たと思い込み、その場で自決しようとした。
妻が機転を利かせてそれを防いだ。
クーデターが成功し、中宗は嫌々ながら王になる。なぜ“嫌々”かというと、いくら暴君だったとはいえ兄を追放して王になるわけで、中宗は世間体を気にしたのである。その上、妻が燕山君の正室の姪であることを理由に、クーデターを成功させた重臣たちは中宗に妻を離縁するように執拗に迫った。
王になったのだから突っぱねることも可能だったはずなのに、中宗はこの要請を断ることができず、王になってすぐに妻を離縁している。




こういうところを見ても、中宗は重臣たちに頭が上がらない男だった。なおかつ自分が王になるという心構えもできていないまま突然かつがれたので、王としての指導力も発揮できなかった。結果的に重臣たちが要職に就いて政治を動かし、中宗はそれに乗っかるだけだった。
このように、影が薄い王だったのである。
(ページ2に続く)

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