粛宗(スクチョン)・英祖(ヨンジョ)・正祖(チョンジョ)はどう生きたのか

側室が支えた王位継承

粛宗の息子が20代王・景宗(キョンジョン)と21代王・英祖(ヨンジョ)だ。
景宗は張禧嬪が産んだ王子であった。母は一介の宮女から王妃までのぼりつめたが、「朝鮮王朝で一番の悪女」と言われるほど評判がよくないので、景宗も随分とつらい思いをさせられた。母の罪状のとばっちりで王位継承を危ぶむ声もあったが、粛宗の長男であることが認められて、なんとか20代目の王となった。
だが、在位4年というのはあまりに短すぎた。しかも、「母の悪行のせい」と因果応報と受け止められたのは気の毒だった。




景宗の早すぎる死で21代王に就いた英祖は、粛宗の二男である。母は時代劇『トンイ』の主人公になっている淑嬪(スクピン)・崔(チェ)氏だ。低い身分の出身ながら粛宗の側室となり、最終的には王の生母になるという名誉を得た(ただし、英祖が即位したときにはすでにこの世にいなかった)。
歴史的に見ると存在が地味だったので、韓国でもほとんど知られていなかったのだが、『トンイ』が人気を得たおかげで状況が一変した。今では張禧嬪と対比されながら知名度を一気に上げている。
ただし英祖は、「母が低い身分から側室になった女性」であったことをとても気にしていた。それが、強烈なコンプレックスになっていたのだ。しかし、皮肉なものである。英祖は二人の正妻をもったが、その正妻との間に子供をもうけることができず、9人いた子供はすべて側室が産んでいる。この例からもわかるように、王の血の継承には側室の存在が欠かせなかった。(ページ3に続く)

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