真相を語る張禧嬪(チャン・ヒビン)/朝鮮王朝劇場1

 

張禧嬪(チャン・ヒビン)とは誰か?
生没年は1659年~1701年。女官として王宮に入り、19代王の粛宗(スクチョン)の寵愛を受けて側室となる。1688年に粛宗の長男を出産(後に20代王・景宗〔キョンジョン〕となる)。1689年に側室から王妃に昇格したが、1694年に再び側室に降格。1701年に、亡くなった仁顕(イニョン)王后を呪詛(じゅそ)した罪を問われて死罪となった。

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キム・テヒは本人に似ている

張禧嬪に会った。
彼女は、景福宮(キョンボックン)の入場券発売の窓口でチケットを売っていた。『朝鮮王朝実録』に書かれていた通り、大変な美人であった。
現代によみがえってきた張禧嬪は、いったい何を語ったのか。
挨拶代わりに質問してみた。
「あなたを主人公にしてたくさんの時代劇が作られましたけれど、演じた女優の中で一番気に入っている人はいますか?」




張禧嬪はうっすらと笑みを浮かべて答えた。
「どれも私には美貌でかなわないけど、近いといえばキム・テヒかな」
そう語った張禧嬪を改めてよく見てみた。確かに、勝気なキム・テヒの目元は、張禧嬪に似ていた。
張禧嬪には聞きたいことが山ほどあったが、いつまた亡霊のようにこの世から消えてしまうかもわからない。そこで、単刀直入に一番知りたいことから聞いてみた。
「あなたは、1701年に仁顕王后を呪詛した罪で死罪となりましたが、本当に呪詛をしたんですか?」(ページ2に続く)

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