日本の古戦場〔第1回/姉川〕

 

1570年に織田軍と朝倉・浅井連合軍が激しく戦ったのが姉川だった。合戦場に行くには、北陸本線の長浜駅で下りて、東北方面に5キロメートルほど。浅井氏の居城だった小谷城も見て回ろう。

ここが姉川の古戦場跡

ここが姉川の古戦場跡

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古戦場を示す案内が大きく出ている

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姉川の戦いの説明板

「金ケ崎の退き口」

戦国時代の覇者にならんとした織田信長。京都を押さえ、全国の諸大名に対して上洛を命令していたのだが、越前の朝倉氏はそれを拒否していた。それを理由に信長は朝倉氏を討つ決意を固めた。
1570年4月20日、京の町衆が華々しく見送る中、堂々たる陣容で信長は出発した。朝倉氏の出城を落として、いよいよ4月26日に朝倉氏の居城の一乗谷城に迫った。
朝倉氏の窮地を知って、急に挙兵したのが近江・小谷城の浅井長政である。




彼の妻は信長の妹のお市の方だ。
3年前に信長が上洛したとき、浅井長政はその先鋒を務めるほどであった。その浅井長政が古くから親交がある朝倉氏を助けるためとはいえ、信長に造反したのだ。
北に朝倉氏、南に浅井氏。
信長は南北から挟み撃ちを受ける形となった。
信長は殿(しんがり)として秀吉を金ケ崎城(敦賀市)に留めておき、わずかな供の者を連れただけで京を目指して脱出した。
これが世に言われる「金ケ崎の退き口」である。(ページ2に続く)

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