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タグ:光海君
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光海君と仁祖のライバル物語2「外交」
宣祖があと5年ほど生きていたら永昌大君が王になっていた可能性が高い。だからこそ、光海君の一派が毒殺したのではないかと言われている。光海君の側近には、悪女として有名な金介屎(キム・ゲシ)という女性がいた… -
光海君と仁祖のライバル物語1「即位」
朝鮮王朝の1592年というと朝鮮出兵であった。豊臣軍が攻めてきた年だ。そのときの王は、14代王・宣祖(ソンジョ)だった。それまでの13代目までは、すべて国王の正室から生まれていて、正統的な王位継承者な… -
光海君(クァンヘグン)の廃位!激動の朝鮮王朝史7
1592年というと、朝鮮王朝が創設されてから200周年になる。この記念すべき年に朝鮮王朝は存亡の危機を迎えた。豊臣軍の朝鮮出兵があったからだ。そのときの王は14代王の宣祖(ソンジョ)だった。 … -
光海君(クァンヘグン)の栄光と転落
[光海君(クァンヘグン)の人物データ] 光海君の生没年/1575~1641年 光海君の在位期間/1608~1623年 光海君の父/14代王・宣祖(ソンジョ) 光海君の母/恭嬪(コンビン)・金(キム)氏 … -
光海君(クァンヘグン)と仁穆(インモク)王后はなぜ激しく対立したのか
仁穆(インモク)王后は14代王・宣祖(ソンジョ)の二番目の正室である。宣祖と側室の間に生まれた光海君(クァンヘグン)にすれば継母にあたる人だ。それなのに、光海君と仁穆王后はなぜ激しく対立したのだろうか… -
光海君(クァンヘグン)を廃位にした仁祖(インジョ)に正当性はあるのか
1623年、光海君(クァンヘグン)はクーデター軍につかまって廃位となった。クーデターを指揮した王族は光海君に代わって新しい王に即位した。それが16代王の仁祖(インジョ)であった。彼が起こしたクーデター… -
光海君(クァンヘグン)と臨海君(イメグン)!兄弟同士の骨肉の争い
韓国時代劇『華政(ファジョン)』の序盤では、光海君と臨海君の悲劇的な兄弟関係が描かれていた。2人はなぜ、骨肉の争いを起こさなければならなかったのか。 長男としての面目 14… -
光海君(クァンヘグン)への恨みを晴らした仁祖(インジョ)の復讐劇!
朝鮮王朝の14代王・宣祖(ソンジョ)は1567年に15歳で即位した。1592年には豊臣軍による朝鮮出兵があり、朝鮮王朝は存亡の危機を迎えたが、戦乱は1598年に終結して宣祖は復興に力を入れた。 … -
知られざる光海君(クァンヘグン)の実像5「済州島」
仁穆(インモク)王后は「光海君の首をはねろ」と言いましたが、仁祖(インジョ)としては、とうてい承諾できないことです。「いくら王宮から追放したとはいえ、先の王の首をはねてしまえば、非道な王と評されるおそ… -
知られざる光海君(クァンヘグン)の実像4「仁祖反正」
外交の他に、光海君(クァンヘグン)の政治的業績の1つと言われているのが大同法を広めようとしたことです。大同法は、税金を土地の所有に応じて支払うという法律で、直接的に一般庶民の減税につながるものです。両…