ドラマ『イ・サン』で重要な役割を演じた5人の女性の正体は?

 

『イ・サン』は今も大変な人気を維持している傑作時代劇だが、イ・サンこと正祖(チョンジョ)に5人の女性がからんでくる。その女性たちは、実際にはどんな人物だったのだろうか。改めて取り上げてみよう。




正祖の妻と祖母

まずは、正祖の母親について。それは、恵慶宮(ヘギョングン)である。
21代王・英祖(ヨンジョ)の息子の思悼(サド)世子と結婚した。
当初は夫婦も仲が良かったが、後に険悪な関係となり、恵慶宮は夫を激しく非難するようになった。
思悼世子は父の英祖によって米びつに閉じ込められて1762年に餓死し、恵慶宮も世子嬪の資格を失った。
しかし、息子の正祖が王位にあがり、王宮内での立場を強めた。正祖亡きあとも実家の名誉回復に奔走し、1815年に80歳で世を去った。
次に、恵慶宮の姑だった貞純王后(チョンスンワンフ)を取り上げよう。
姑といっても、恵慶宮より年下だった。それは、英祖の二番目の正妻だったからだ。
貞純王后は英祖より年齢が51歳下だった。
英祖の息子であった思悼世子は10歳上で、相性が悪かったこともあり、思悼世子を失脚させるために陰で動いた。




正祖の時代になってかろうじて罪を免れたが、1800年に正祖が亡くなったときは毒殺説の首謀者と見なされた。
23代王・純祖(スンジョ)の後見人となり、キリスト教徒の虐殺事件を引き起こしている。
(ページ2に続く)

イ・サン(正祖)が即位直後に一番やりたかったことは?

正祖(チョンジョ)の改革をつぶした貞純(チョンスン)王后

正祖(チョンジョ)を悩ませた恵慶宮(ヘギョングン)と貞純(チョンスン)王后!

正祖(チョンジョ)の命を狙った暗殺団が王宮に侵入した!

イ・サン(正祖〔チョンジョ〕)が進めた政治改革!朝鮮王朝全史23

固定ページ:

1

2

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る