貞明公主の波乱万丈の人生1「誕生」

光海君が即位

宣祖が亡くなったとき、貞明公主は5歳で、永昌大君は2歳だった。
2歳といえば、まだ言葉も満足に話せない。この幼さで王になることは難しいと、仁穆王后も認めざるをえなかった。彼女は王位継承問題で主導権を握れる立場にあったのだが、自分のお腹を痛めて産んだ永昌大君を次の王にごり押しすることはできなかった。
せめて、宣祖があと3年生きていれば……。
5歳であれば、王に即位できる可能性があったのだが、やはり2歳では、とうてい無理だった。
「貞明が男であったならば……」
仁穆王后もそう思いながら、ため息をつかざるをえなかった。
結局、光海君が宣祖の後を継いで15代王として即位した。仁穆王后は「王の母」を意味する大妃(テビ)となった。
大妃といえば、王族の最長老である。朝鮮王朝は儒教を国教にしており、「長幼の序」を厳格に守る倫理観が強かった。




「よもや光海君が私を邪険にするはずがない」
仁穆王后はそう楽観していたのだが、それはあまりに甘かった。以後、仁穆王后と貞明公主と永昌大君は、過酷な運命にさらされていく。

(第2回に続く)
文=康 熙奉(カン ヒボン)

貞明公主の波乱万丈の人生2「悲劇」

貞明公主の波乱万丈の人生3「才能」

貞明公主の波乱万丈の人生4「歓喜」

貞明公主の波乱万丈の人生5「復活」

貞明公主の波乱万丈の人生6「結婚」

貞明公主はどんな性格の王女だったのか

ページ:
1 2

3

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る