国の前途は危うい
義慈王は、百済随一の将軍であった階伯(ケベク/?~660年)を呼んだ。もう哀願するしかなかった。
「かならず都を守ってくれ。頼りはおまえしかいない」
王命を授かった階伯は、すでに自分の運命を悟っていた。彼は勇敢な男だったが、同時に、冷静に戦局を分析できる戦略家だった。
階伯は出陣の前に、どうしても家に一旦戻らなければならないと思った。腹をくくって帰宅したあと、家族を集めて悲壮な決意を示した。
「新羅の大軍と決戦に臨むことになった。国の前途は危うい。我々が負ければ、おまえたちは奴隷にされたり辱めを受けたりすることになってしまう。むしろ、俺の手で死んだほうがましだ」
きっぱりとそう言い切ると、階伯は涙を浮かべながら妻と子供たちの首をはねた。夫として父親として、まさに地獄に落ちる気持ちだった。しかし、彼は「これしかない!」と自分に言い聞かせながら剣を振り抜いた。
もはや階伯に思い残すことはなかった。彼は5千人の兵士を率いて新羅軍の前に立ちはだかった。
(ページ3に続く)
最大の領土を誇った広開土大王(クァンゲトデワン)/三国時代人物列伝2