貞熹(チョンヒ)王后!思うがままに政治を操った王妃

 

朝鮮王朝で初めて垂簾聴政(幼い王に代わり後見人が政治を仕切ること)を行なったのは、7代王・世祖(セジョ)の妻だった貞熹(チョンヒ)王后(1418年~1483年)である。

写真=植村誠




韓明澮との取り引き

1469年、8代王・睿宗(イェジョン)が、後継ぎを指名することなく亡くなると、宮中では大きな混乱が起こった。
それは睿宗の息子・斉安大君(チェアンデグン)がまだ5歳と幼くまともな政治を行なえないからだ。奸臣たちはこの機会に、自身の権力を確固たるものにしようと画策し、周囲の出方をうかがっていた。
もっとも早く行動を起こしたのは睿宗の母であった貞熹王后だ。彼女は睿宗の兄で早世した懿敬(ウィギョン)の息子たち(月山君〔ウォルサングン〕と者山君〔チャサングン〕)を次の王の候補にしたかった。そこで、宮中で高い権力を持つ韓明澮(ハン・ミョンフェ)に接触して、自分を支持するように取り引きをもちかけた。




韓明澮は自分の利益にもなることだったので、快く応じた。
韓明澮を仲間に引き入れた貞熹王后に怖いものは何もなかった。彼女はさっそく宮中の臣下たちを一堂に集めると、次の王を発表した。(ページ2に続く)

貞憙(チョンヒ)王后が選んだ成宗(ソンジョン)!朝鮮王朝全史6

斉献(チェホン)王后を廃妃にした成宗(ソンジョン)!朝鮮王朝全史7

世祖(セジョ)!甥から王位を奪った国王

首陽大君(スヤンテグン)〔世祖(セジョ)〕が開いた秘密会議!

敬恵〔キョンヘ〕王女!朝鮮王朝一の美貌を誇った王女

ページ:

1

2

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る