粛宗が一番愛した女性は?
粛宗は過去を振り返りながら静かに語り始めた。
「確かに仁顕王后が世を去り、張禧嬪が死罪になれば、余の継妃になるのは淑嬪・崔氏だと誰もが思っていた。しかし、余には、彼女を王妃にしたくない切実な理由があった」
「やはり、王命の標的が淑嬪・崔氏だったわけですね。なぜ彼女が?」
「張禧嬪が仁顕王后を呪詛したと告発したのは淑嬪・崔氏である。余は、その言葉を鵜呑みにしたのだが、西人派(ソインパ)が淑嬪・崔氏と組んで張禧嬪を罠にはめたのではないかという疑念が生じてきた。当時、西人派は淑嬪・崔氏を使って、政治の主導権を取ろうと暗躍していた。いわば、彼女は手先になっていたのだ。そんな女性を王妃にすれば、西人派の力が強くなりすぎて、王権が脅かされる可能性が高くなる。余はそのことを恐れたのだ。よって、継妃には西人派の色が付いてない女性を迎えることにした」
「淑嬪・崔氏のことをもはや愛していなかったのでしょうか?」
「長く寵愛したのは事実だが、時間が経つにつれて、淑嬪・崔氏は西人派の意向をくんだ発言が増え、政治的な動きを露骨に見せるようになった。それゆえ余は警戒を強めた。張禧嬪を死罪にした後、淑嬪・崔氏を王宮の外に出して、以後はほとんど会わないようにした」
「なるほど。あなたにも大きな心境の変化があったわけですね」
「振り返ってみれば、余が一番愛したのは張禧嬪なのだ。本当に美しい女性だった。確かに欲深い面はあったが、決して悪い女性ではなかった。自分の心に正直だっただけだ。むしろ、淑嬪・崔氏のほうが悪女だったかもしれない。彼女は裏で政治的な暗躍が多すぎた。それに気づいてしまったから、余は彼女を遠ざけたのだ」
そこまで語ったとき、墓参りに来る女性の姿が遠目に見えてきた。
「話はここまで」
そう語った粛宗は、女性がいる方向にあわてて掛けだして行った。300年以上たっても、懲(こ)りない王である。
文=康 熙奉(カン ヒボン)