粛宗(スクチョン)に愛された張禧嬪(チャン・ヒビン)/悪女たちの朝鮮王朝5

 

国王や著名な学者たちの肖像画はよく残っているが、朝鮮王朝時代の女性に関してはほとんど見当たらない。そのことが惜しまれる。張禧嬪(チャン・ヒビン)の肖像画が残っていれば、どんなに興味深かったことか。いずれにしても、好色だった粛宗(スクチョン)が一目ぼれするほど、張禧嬪は美しい女性だった。

悪女たちの朝鮮王朝0520入稿

絶頂をきわめた張禧嬪

 

2人が初めて出会ったのは1680年。粛宗は19歳で張禧嬪は21歳だった。張禧嬪は親戚が通訳官をしていて、そのツテで女官として宮中入りしていた。その張禧嬪を粛宗がめざとく見つけて一夜をともにするようになった。
張禧嬪は、1688年に粛宗の長男を出産した。
粛宗の喜びは尋常ではなかった。彼はずっと夜も眠れないほど息子がいないことを気に掛けていた。それがようやく後継ぎの候補を得たのである。
1689年、粛宗は仁顕(イニョン)王后を廃妃にして、空いた王妃の座に側室の張禧嬪を昇格させた。




一介の女官から王妃となった張禧嬪。さらに、息子も王の後継者となった。これほどの栄華は、どんなに望んでも達成できるものではないが、現実に張禧嬪はあらゆる欲望を叶えた。
彼女にとって、不可能なことは何一つなかった。さすがに「太陽を西から昇らせてみせる」とまでは思わなかっただろうが、色香で籠絡した粛宗の権力を利用すれば、朝鮮王朝で叶えられないことは皆無だった。
まさに絶頂。きわめつけの高みに至った。
しかし、そこから転落が始まるのが世の常だ。有頂天になっていた張禧嬪は気づかなかったが、絶頂はまさに落ちるためにあるものだ。(ページ2に続く)

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