もし思悼世子が現れたなら……
英祖に対して、質問の口調が少しきつくなってきた。
「あなたは偏屈な性格で、癇癪(かんしゃく)を起こして思悼世子を強引に米びつに閉じ込めたとも言われていますが……」
「偏屈であることは否定しないが、余は冷静だった。素行が直らない思悼世子を結局は見限らなければならなかったのだ。孫が大変優秀で、思悼世子がたとえいなくなっても、孫がしっかりと王朝を継承してくれると思えた」
「孫は22代王の正祖(チョンジョ)として、大変な名君になりましたからね」
「孫は頭がいいだけではなくて性格も良かった。そういう意味では、安心して王朝を引き継がせることができると思った」
「とはいえ、思悼世子の処遇はあまりに異常でした」
「余が自害を命じたのだが、思悼世子は震えているばかりで従わなかった。もうすでに世子の身分を取り消して処罰したのだから、そのまま済ますわけにもいかなかった。苦渋の決断で米びつに閉じ込めたのだ。仮に自害していれば、立派な最期として後世に語り継がれたものを……」
「なにか自己弁護のように聞こえてしまいます。親が息子を米びつに閉じ込めて餓死させたというのは、言語道断の非道な出来事としか言いようがありません」
「何と言われようと構わない。親として非情だったのは確かだが、王朝の安泰のためにはやむをえなかった。余は第一に王朝の存続を考えた。すべては、その結果だ」
「もうあれから250年が経ちましたが、今思うことは?」
「後悔だらけだ。この250年間、ずっと後悔している。だから、こうして囲碁の準備をして思悼世子が対戦のために現れてくるのを待っているのだ」
「現れますかね」
「わからん。だが、もし現れたら謝罪したい。非道な父を許してくれ、と」
そう言って、英祖は深々と頭を下げた。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)〔第1回/老論派の陰謀〕