粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝おどろき国王列伝7

廃妃にされた仁顕王后

張禧嬪は、もともと宮中に女官でやってきた女性で、かなりの美貌の持ち主だった。粛宗は彼女に一目惚れするが、母親の明聖王后は、「いつかわざわいを起こすに違いない」と決めつけて、張禧嬪を王宮から追い出してしまう。その後、1683年に明聖王后が亡くなると、粛宗の正妻である仁顕(イニョン)王后が張禧嬪を王宮へ呼び戻した。
王宮に戻ってくることができた張禧嬪は、恩人である仁顕王后にお礼を言わずにわがままに振る舞い始めた。その後、さらに仁顕王后の立場が不利になることが起きる。1688年に、張禧嬪が粛宗の息子を産んだのである。




自分の後継ぎとなる息子がいないことに悩んでいた粛宗は、それを大変喜び、さっそくその息子を元子(ウォンジャ/世子の筆頭候補)に指名しようとした。しかし、そのことに対して、高官たちは反対した。なぜなら、仁顕王后はまだ若くて子供を産む可能性があったからだ。それでも粛宗は意見を変えなかった。
王の息子を産んだことで有利な立場になった張禧嬪。粛宗は、彼女にしつこく頼まれて仁顕王后を廃妃にしてしまう。もちろん、このときも大きな反対が起こったが、粛宗はそれをすべて無視した。(ページ3に続く)

仁顕(イニョン)王后!一度は廃妃になった悲劇の王妃

張禧嬪(チャン・ヒビン)!王妃にのぼりつめた悪女

淑嬪・崔氏(スクビン・チェシ)!張禧嬪のライバル

ページ:
1

2

3 4

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る