要点でまとめた朝鮮王朝518年の歴史(中編)

 

新しい文字を創製した偉大な国王・世宗(セジョン)は1450年に亡くなったが、学問好きな彼が残した遺産は大きかった。優秀な学者を登用したおかげで、朝鮮王朝は政治や社会の様々な分野で法の整備が進んだ。

ofb5tyji8ivqwrt1477037811_1477037839

ソウル中心部にある李舜臣の銅像

非情な国王交代

王朝にとって誤算だったのは王位の後継者問題でもめたことだ。世宗の後は長男が継いで5代王の文宗(ムンジョン)となったが、病弱のためにわずか2年で世を去ってしまった。その次には文宗の息子が即位して端宗(タンジョン)となったが、わずか11歳であったために混乱が起きた。
なんと、世宗の二男だった首陽(スヤン)がおどすような形で兄の息子から王位を奪って7代王の世祖(セジョ)となったのである。




叔父が甥に対して行なった非情な行為に対し、高官たちから批判が起こった。特に、世宗や文宗の側近たちが反旗をひるがえし、王位の奪還を狙った。この動きを察知した世祖は、多くの高官をとらえて処刑した。その中には成三問(ソン・サムムン)を初めとする「死六臣」が含まれていた。
彼らは非常に優秀で忠義の心が強かった。世祖も殺すのが惜しくて、なんとか自分の側近になれと説得したのだが、絶対に応じなかった。処刑されても忠義を守ったということで、彼らは後世から称賛をこめて「死六臣」と呼ばれた。(ページ2に続く)

固定ページ:

1

2 3 4

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

もっと韓国時代劇が面白くなる!

韓国時代劇によく登場する人物といえば、朝鮮王朝の国王であった中宗、光海君、仁祖、粛宗、英祖、正祖を中心にして、王妃、側室、王子、王女、女官などです。本サイトでは、ドラマに登場する人物をよく取り上げています。

ページ上部へ戻る