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タグ:粛宗
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英祖(ヨンジョ)は粛宗(スクチョン)の息子でないという驚きの説もあった!
トンイこと淑嬪・崔氏(スクピン・チェシ)は1718年に亡くなり、粛宗(スクチョン)も1720年に世を去った。そして、張禧嬪が産んだ王子が20代王・景宗(キョンジョン)として即位した。 … -
わがまま放題の粛宗(スクチョン)
[粛宗(スクチョン)の人物データ] 粛宗の生没年/1661~1720年 粛宗の在位期間/1674~1720年 粛宗の父/18代王・顕宗(ヒョンジョン) 粛宗の母/明聖(ミョンソン)王后 … -
張禧嬪(チャン・ヒビン)が粛宗(スクチョン)の息子を産んで起こった騒動とは?
1688年10月27日、一介の女官から粛宗(スクチョン)の側室になっていた張禧嬪(チャン・ヒビン)が王子を出産した。それが、後の20代王・景宗(キョンジョン)である。粛宗にとっては、27歳になって初め… -
多くの女性を翻弄した粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝人物列伝特選11
粛宗の在位期間は46年。これは、21代王・英祖(ヨンジョ)に続いて二番目に長い在位期間である。粛宗は王として、生活水準を向上させるための功績を多く残しているのだが……。 派閥… -
粛宗(スクチョン)・英祖(ヨンジョ)・正祖(チョンジョ)はどう生きたのか
1392年に建国された朝鮮王朝も、17世紀なかば以降の後期になると、各派閥による権力闘争が激しくなり、王権は常に脅かされるようになった。こうした権力闘争は「党争」と称されるが、朝鮮王朝の病巣となって常… -
張禧嬪(チャン・ヒビン)を寵愛した粛宗(スクチョン)!朝鮮王朝全史19
長い間の人質生活によって清に反感を持っていた孝宗(ヒジョン)は、王になるとすぐに清に好感を持つ高官たちを追放した。そして、清がロシアの軍勢に苦しめられているという大義名分を得て、北伐の準備を強行した。… -
粛宗(スクチョン)はどんな国王だったのか
『トンイ』ではチ・ジニが演じた粛宗(スクチョン)。ドラマでは人の良い国王として描かれていたが、実際の粛宗は、官僚たちを対立させて消耗させるという戦略家の一面を持っていた。そのおかげで、彼は王権を強化す… -
『テバク』の中盤では粛宗(スクチョン)の後継者争いが描かれる!
ドラマ『テバク』では、19代王・粛宗(スクチョン)とその王子たちのことがよく扱われている。歴史の事実を見ていくと、その時期の朝鮮王朝はどんな情勢になっていたのか。現実の世界を見てみよう。 [ca… -
謎の王命を語る粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝劇場4
粛宗(スクチョン)とは誰か。 生没年は1661年~1720年。1674年に19代王として即位。政治的な業績も多かったが、女性問題でよくトラブルを起こして王宮内を混乱させた。1689年に、仁顕(イニョ… -
粛宗(スクチョン)に愛された張禧嬪(チャン・ヒビン)/悪女たちの朝鮮王朝5
国王や著名な学者たちの肖像画はよく残っているが、朝鮮王朝時代の女性に関してはほとんど見当たらない。そのことが惜しまれる。張禧嬪(チャン・ヒビン)の肖像画が残っていれば、どんなに興味深かったことか。いず…

















