歴史

朝鮮王朝全史

貞憙(チョンヒ)王后が選んだ成宗(ソンジョン)!朝鮮王朝全史6

1468年に7代王・世祖(セジョ)が世を去り、二男が王位を継いだ。それが8代王の睿宗(イェジョン)である。しかし、わずか19歳で亡くなり、朝鮮王朝の王位継承問題は混迷した。徐々に体調が悪化世祖の長男は19歳で原因不明の死を遂げていた。さらに...
時代劇の登場人物

粛宗(スクチョン)はどんな国王だったのか

『トンイ』ではチ・ジニが演じた粛宗(スクチョン)。ドラマでは人の良い国王として描かれていたが、実際の粛宗は、官僚たちを対立させて消耗させるという戦略家の一面を持っていた。そのおかげで、彼は王権を強化することに成功した。鋭い感性の持ち主粛宗は...
朝鮮王朝全史

端宗(タンジョン)から王位を奪った世祖(セジョ)!朝鮮王朝全史5

1450年に名君の世宗(セジョン)が世を去り、長男の文宗(ムンジョン)が5代王として即位した。文宗は世宗の政治を上手く引き継ぎ安定した政治を行なう。しかし、その治世はわずか2年と短かった。病弱すぎたのである。首陽の野望1452年、文宗は38...
朝鮮王朝全史

ハングルを作った世宗(セジョン)!朝鮮王朝全史4

朝鮮王朝で最高の名君と称賛される4代王・世宗(セジョン)。彼がそれほど尊敬されているのは、民族固有の文字「ハングル」を作ったからだ。それは本来「訓民正音(フンミンジョンウム)」と呼ばれたが、1443年に完成している。民衆のための文字世宗は1...
特選記事

朝鮮王朝の中宗(チュンジョン)はどんな国王だったのか

1506年9月1日、暴政を繰り返した燕山君(ヨンサングン)を追放するためのクーデターが起こった。実行部隊が最初に向かったのは、燕山君の異母弟にあたる中宗(チュンジョン/即位までは晋城大君〔チンソンデグン〕と呼ばれた)の屋敷だった。(adsb...
朝鮮王朝全史

名君・世宗(セジョン)の誕生!朝鮮王朝全史3

3代王の太宗(テジョン)は1400年から1418年まで約18年間王位に就いたが、その間に4回も譲位(国王が王位を譲ること)騒動を起こした。これには、自身が王権を巡って血で血を洗う争いをしたことに対する自戒の念もあった。長男の世子失格太宗はこ...
朝鮮王朝全史

芳遠(バンウォン)が3代王の太宗(テジョン)となる!朝鮮王朝全史2

高麗王朝の最高実力者になった李成桂(イ・ソンゲ)は王を追放し、自分の都合のいいように動く恭譲王(コンヤンワン)を王位につけた。しかし、黒幕でいることよりも自ら王になりたいと思い、1392年に即位した。初代王の太祖(テジョ)の誕生である。若き...
時代劇の登場人物

光海君(クァンヘグン)は朝鮮王朝でどんな国王だったのか

朝鮮王朝・15代王の光海君(クァンヘグン)がクーデターで王座から下ろされたのは1623年のことだった。彼は48歳になっていた。「王座から下ろされた」と言うと、非道なことを行なった暴君だったと思われるのが普通だ。実際、同じように王座から引きず...
朝鮮王朝全史

最高実力者になった李成桂(イ・ソンゲ)!朝鮮王朝全史1

韓国時代劇の8割以上は朝鮮王朝時代が舞台になっている。それだけに、朝鮮王朝の歴史がわかれば、さらに面白く時代劇を見られる。特に、王朝絵巻の主役は27人の王。そうした歴代の王は、果たしてどのような時代を作っていったのか。新たな王の予感朝鮮(チ...
時代劇の登場人物

『テバク』の中盤では粛宗(スクチョン)の後継者争いが描かれる!

ドラマ『テバク』では、19代王・粛宗(スクチョン)とその王子たちのことがよく扱われている。歴史の事実を見ていくと、その時期の朝鮮王朝はどんな情勢になっていたのか。現実の世界を見てみよう。一筋縄ではいかない王ドラマ『テバク』では、第9話からイ...
朝鮮王朝劇場

愚かな仁祖(インジョ)の反省!朝鮮王朝劇場6

仁祖(インジョ)とは誰か。生没年は1595年~1649年。朝鮮王朝の16代王。在位は1623年~1649年。光海君(クァンヘグン)を1623年に追放して即位したが、失政が続いて苦しい統治を強いられた。1637年には清の大軍に敗れ、清の皇帝の...
朝鮮王朝劇場

呆然とする思悼世子(サドセジャ)/朝鮮王朝劇場5

思悼世子(サドセジャ)とは誰か?生没年は1735年~1762年。21代王・英祖(ヨンジョ)の息子で、母は英祖の側室であった映嬪(ヨンビン)・李(イ)氏。思悼世子は幼い頃から頭脳明晰だった。しかし、成人してから素行が悪く、英祖の逆鱗(げきりん...
朝鮮王朝劇場

謎の王命を語る粛宗(スクチョン)/朝鮮王朝劇場4

粛宗(スクチョン)とは誰か。生没年は1661年~1720年。1674年に19代王として即位。政治的な業績も多かったが、女性問題でよくトラブルを起こして王宮内を混乱させた。1689年に、仁顕(イニョン)王后を離縁して、側室だった張禧嬪(チャン...
華政

『イ・サン』が描いた英祖(ヨンジョ)と思悼世子(サドセジャ)の悲劇とは?

1762年、21代王の英祖(ヨンジョ)は息子の思悼世子(サドセジャ)を米びつに閉じ込めてしまう。思悼世子の素行の悪さに英祖が激怒した結果だった。果たして、結末はどうなったのか。王宮の一角に置かれた米びつ時代劇『イ・サン』の第1話の冒頭を振り...
華政

『イ・サン』が描いた正祖(チョンジョ)と洪国栄(ホン・グギョン)の関係は真実?

ドラマ『イ・サン』では正祖(チョンジョ)の名君ぶりがたっぷりと描かれたが、その正祖を補佐して活躍したのが洪国栄(ホン・グギョン)だった。しかし、2人は最後に悲劇的な結末を迎えてしまうのだが……。王に次ぐ最高実力者1776年に即位して政治改革...
悪女たちの朝鮮王朝

粛宗(スクチョン)に愛された張禧嬪(チャン・ヒビン)/悪女たちの朝鮮王朝5

国王や著名な学者たちの肖像画はよく残っているが、朝鮮王朝時代の女性に関してはほとんど見当たらない。そのことが惜しまれる。張禧嬪(チャン・ヒビン)の肖像画が残っていれば、どんなに興味深かったことか。いずれにしても、好色だった粛宗(スクチョン)...
悪女たちの朝鮮王朝

正祖(チョンジョ)の宿敵だった貞純(チョンスン)王后/悪女たちの朝鮮王朝2

21代王・英祖(ヨンジョ)が長年連れ添った最初の正室の貞聖(チョンソン)王后を亡くしたのは1757年のことだった。その2年後に新しい王妃として迎えたのが貞純(チョンスン)王后である。10歳も下の息子貞純王后の実家は名門の一族ではあったが、父...
悪女たちの朝鮮王朝

王の毒殺に関わった文定(ムンジョン)王后/悪女たちの朝鮮王朝4

11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった文定(ムンジョン)王后。彼女は自分が産んだ慶源大君(キョンウォンデグン)を王にするために、手段を選ばぬ悪行を重ねていた。特に、中宗の二番目の正室が産んだ12代王・仁宗(インジョン)の暗殺を狙...