息子の文宗(ムンジョン)を案じて世を去った世宗(セジョン)!

時代劇の登場人物
ソウルの中心部にある世宗の像
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長男は誕生したが……

世子は金氏同様に奉氏を遠ざけた。
奉氏は寂しさをまぎらわせようと酒を過度に飲み、ついには世話役の宮女たちと当時厳禁だった同性愛に熱中した。噂を聞いた世宗は、「世子の妻にふさわしくない不貞」と激怒した。
こうして金氏に続き奉氏もまた王宮から追放された。
うまくいかない結婚が二度も続き、世子はもはや新しい花嫁を持つことにまったく乗り気でなかった。
世宗もそれをとがめることはせず、世子に3人の側室をもたせた。すると、世子はその中で権氏(クォンシ)が気に入り、愛を深めていった。
1441年、権氏との間に念願の長男が生まれた。その長男こそが後の6代王・端宗(タンジョン)である。




しかし、長男の出産は難産となり、権氏は出産後数日で亡くなってしまう。彼女は後に顕徳(ヒョンドク)王后として王妃に列せられた。
(ページ3に続く)

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