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タグ:朝鮮王朝
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綾陽君(ヌンヤングン)とは誰なのか?『華政(ファジョン)』の登場人物
王の正室が産んだ王子は、名前に大君(テグン)が付くが、側室が産んだ王子の場合は、君(クン)だけが付くのである。それによって、綾陽君(ヌンヤングン)が側室から生まれた王子の系統であることがわかる。 … -
光海君(クァンヘグン)と臨海君(イメグン)!兄弟同士の骨肉の争い
韓国時代劇『華政(ファジョン)』の序盤では、光海君と臨海君の悲劇的な兄弟関係が描かれていた。2人はなぜ、骨肉の争いを起こさなければならなかったのか。 長男としての面目 14… -
鄭道伝(チョン・ドジョン)を初めとする「朝鮮王朝五大高官」は誰か
朝鮮王朝の歴史の中で特に有名な高官といえば、鄭道伝(チョン・ドジョン)、金宗瑞(キム・ジョンソ)、成三問(ソン・サムムン)、趙光祖(チョ・グァンジョ)、朴文秀(パク・ムンス)の5人である。その人物像を… -
世宗(セジョン)を初めとする「朝鮮王朝五大偉人」は誰か
朝鮮王朝の五大偉人といえば、ハングルを作った世宗(セジョン)、儒学の大家の李退渓(イ・テゲ)、救国の英雄の李舜臣(イ・スンシン)、『東医宝鑑』を書いた許浚(ホ・ジュン)、朝鮮王朝後期の名君の正祖(チョ… -
端敬(タンギョン)王后を初めとする「悲劇の五大王妃」は誰か
518年間も続いた朝鮮王朝には42人の王妃がいた。その中で「悲劇の五大王妃」と呼ばれたのは、顕徳(ヒョンドク)王后、端敬(タンギョン)王后、仁穆(インモク)王后、仁顕(イニョン)王后、明成(ミョンソン… -
宋時烈(ソン・シヨル)とは誰なのか?
朝鮮王朝の一番の弊害と言われたのが「党争」ですが、中でも「党争の元凶」と称されたのが宋時烈(ソン・シヨル/1607~1689年)です。彼が高官だった17世紀後半は朝鮮王朝でも一番党争が激しい時期でした… -
思悼世子(サドセジャ)と恵慶宮(ヘギョングン)は険悪な夫婦だった!
国王・英祖(ヨンジョ)の息子だった思悼世子(サドセジャ)と、高官・洪鳳漢(ホン・ボンハン)の娘であった恵慶宮(ヘギョングン)。2人は果たして、どんな夫婦だったのだろうか。 夫… -
光海君(クァンヘグン)への恨みを晴らした仁祖(インジョ)の復讐劇!
朝鮮王朝の14代王・宣祖(ソンジョ)は1567年に15歳で即位した。1592年には豊臣軍による朝鮮出兵があり、朝鮮王朝は存亡の危機を迎えたが、戦乱は1598年に終結して宣祖は復興に力を入れた。 … -
知られざる光海君(クァンヘグン)の実像5「済州島」
仁穆(インモク)王后は「光海君の首をはねろ」と言いましたが、仁祖(インジョ)としては、とうてい承諾できないことです。「いくら王宮から追放したとはいえ、先の王の首をはねてしまえば、非道な王と評されるおそ… -
知られざる光海君(クァンヘグン)の実像4「仁祖反正」
外交の他に、光海君(クァンヘグン)の政治的業績の1つと言われているのが大同法を広めようとしたことです。大同法は、税金を土地の所有に応じて支払うという法律で、直接的に一般庶民の減税につながるものです。両…