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カテゴリー:時代劇の登場人物
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中宗(チュンジョン)はなぜ端敬(タンギョン)王后を守れなかったのか
燕山君(ヨンサングン)を廃位にするためのクーデターは1506年に起こりました。主導した高官たちには、大義名分が必要でした。いくらひどい王でも追放するとなると、大義名分が重要なのです。そこでクーデター軍… -
人質から帰った昭顕(ソヒョン)世子を仁祖(インジョ)はどう迎えた?
1636年12月、強大な清は大軍で朝鮮王朝を攻めた。朝鮮王朝はあえなく降伏。16代王の仁祖(インジョ)は、清の皇帝の前で頭を地面にこすりつけて謝罪した。ここまで王が屈辱を受けたのは、建国以来一度もなか… -
安平大君(アンピョンデグン)はどういう人物だったのか
安平大君(アンピョンデグン)は、朝鮮王朝最高の名君と評価される4代王・世宗(セジョン)の三男として1418年に生まれた。この1418年というのは、まさに世宗が即位した年であった。 … -
許浚(ホ・ジュン)はどんな人物だったのか
許浚(ホ・ジュン)は1546年に生まれています。世を去ったのは1615年です。その69年の人生は、まさに朝鮮半島の医学の発達に捧げた生涯でした。本当に「偉人」と呼ぶにふさわしい存在でした。 … -
朝鮮王朝実録が記した燕山君(ヨンサングン)の追放と中宗(チュンジョン)の即位!
1506年、燕山君(ヨンサングン)の悪政を終わらせるためにクーデターが起きた。「朝鮮王朝実録」の1506年9月2日の項には、当時のことがどのように記されているか。具体的に見てみよう。 [capt… -
昭顕世子の妻だった姜氏(カンシ)の悲しき運命!
光海君を追放して仁祖(インジョ)が16代王として即位したことで、長男であった昭顕(ソヒョン)世子(セジャ)の立場も大きく変わった。本来なら、王族の一員とはいえ政治中枢から遠い場所で一生を送らなければな… -
本来のホン・ギルドン(洪吉童)はどんな義賊だったのか
『逆賊-民の英雄ホン・ギルドン』の主人公になっているホン・ギルドン。もともとは、許筠が書いた小説『ホン・ギルドン(洪吉童)伝』であまりに有名なキャラクターだ。この小説の中で、ホン・ギルドンはどんな人物… -
朝鮮王朝が長寿王朝になったのは太宗(テジョン)のおかげ!
[太宗(テジョン)の人物データ] 生没年/1367~1422年 在位期間/1400~1418年 父/初代王・太祖(テジョ〔生没年:1335~1408年〕) 母/神懿(シヌィ)王后(生没年:1337~1391年… -
中宗(チュンジョン)が離縁した端敬(タンギョン)王后の悲しき人生!
端敬(タンギョン)王后はどんな女性だったのか。 生没年/1487~1557年 夫/11代王・中宗(チュンジョン)と1499年に結婚した 子供/いなかった 父親/慎守勤(シン・スグン)は燕山君(… -
光海君(クァンヘグン)!暴君の汚名から名君へと評価が一変した国王
14代王の宣祖(ソンジョ)には14人もの息子がいた。しかし、正室は長く病床にあったので、息子はすべて側室から生まれた庶子であった。その中で、長男の臨海君(イメグン)と二男の光海君(クァンヘグン)が世継…