張禧嬪が王妃に昇格
粛宗の発言が続く。
「婦人の妬みというのは昔からあることだが、どうして中宮は先王や先后の言葉を利用して、そんな恐ろしいことを平気で言うのだろうか。こんな人間は古今を通しても、そんなにいるものではない。考えてみてもおかしい。淑媛に子供がいないというならば、元子(粛宗の長男のこと)はどのように生まれたというのか。それが、嘘にまみれた態度の証拠というものだ」
「嫉妬するだけでなく、中宮は先王や先后の言葉を悪用して余をだまそうとしたのだ。余にこれ以上何ができるというのか」
こう述べた粛宗は、問答無用で仁顕王后の廃妃を決めた。そして、側室の張禧嬪を王妃に昇格させたのである。そのときはこう語っている。
「今、中宮(王妃)がいないのだが、1日でも早く新しい中宮を決めなければいけないと思わないか? 張禧嬪は良家に生まれ、宮中に入ってからも徳を積み、一国の母になるのにふさわしいと思う。よって、王妃に冊封(王族の重要な地位に任命すること)したいので、礼節にのっとってすぐに実行せよ」
こうして張禧嬪は一介の女官から王妃にまで上り詰めたのだが……。
文=康 熙奉(カン ヒボン)
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