『イニョプの道』の理解のために知っておきたい身分制度!

身内の大罪によって奴婢となる

敬恵王女の波乱に満ちた生涯を少し見てみよう。
敬恵王女は5代王・文宗(ムンジョン)の長女として1435年に生を受けた。彼女は早世した母の代わりに6歳年下の弟・端宗(タンジョン)の面倒を見ながら立派に成長。15歳になると名家出身の夫と結婚して、幸せな家庭を築いた。
しかし、1452年に父・文宗が亡くなり、弟・端宗が11歳で即位すると状況は一変する。端宗の叔父である首陽大君(スヤンデグン)がクーデターを起こして、端宗を支持する臣下たちを排除してしまったのだ。さらに、敬恵王女の夫も不穏分子として流罪にされてしまった。




それから3年後、王宮で孤立した端宗は、首陽大君に自ら王位を譲った。こうして、首陽大君は7代王・世祖(セジョ)となった。
一方、宮中では端宗を復位させようとする動きが後を絶たなかった。世祖は端宗が生きている限り、反乱の動きはなくならないと悟り、ついに甥の命を奪ってしまう。さらに、反乱軍を組織しているとして敬恵王女の夫を処刑した。
当時の朝鮮王朝では、罪人の身内は奴婢に落とされる。こうして、かつて王女だった敬恵王女は奴婢にまで身を落としたのだった……。
後年になって敬恵王女は身分を回復されるのだが、苦難続きだったことは間違いない。同じように、『イニョプの道』で奴婢になってしまった主人公のイニョプ。彼女の苦難がドラマでじっくりと描かれている。

『イニョプの道』の時代背景を解説!

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