文定(ムンジョン)王后!仁宗(インジョン)を毒殺した(?)冷血な継母

 

11代王・中宗(チュンジョン)の治世は38年の長きに及んだが、晩年は病に苦しむようになった。そんな中宗を支えたのは、世子(後の12代王・仁宗〔インジョン〕)だった。世子は中宗の2番目の正室・章敬(チャンギョン)王后が産んだ長男。病弱だった章敬王后は世子を産んで6日後に亡くなり、中宗の3番目の正室となる文定(ムンジョン)王后が世子の継母になった。

5TH16_0OibPlZoH1489395557_1489395583

王の後継者は長男

文定王后は継子の世子をうとましく思っていた。
決定的な出来事が起きる。1934年、文定王后が慶源(キョンウォン)大君を産んだのだ。しかし、朝鮮王朝では、「王の後継者は長男」が原則。慶源大君が王位に就ける可能性は低かった。




さらに、世子は幼い頃から聡明で礼節を尊ぶ性格。多くの人望を得ていたので失脚させることも難しかった。
だが、文定王后は世子の命を狙い始めた。(ページ2に続く)

文定(ムンジョン)王后!強い野心を秘めた王妃

鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)は何をした?『オクニョ 運命の女』に登場

明宗(ミョンジョン)は何をした?『オクニョ 運命の女』に登場

尹元衡(ユン・ウォニョン)は何をした?『オクニョ 運命の女』に登場

ページ:

1

2 3 4

関連記事

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。
[各ジャンルの紹介]
●日本と韓国の歴史
 ・歴史探訪
 ・韓国の歴史
 ・日韓交流史
●時代劇の主人公
●奇皇后 
●オクニョ
 ・登場人物
 ・豆事典
 ・歴史解説
 ・ドラマ解説 
●華政/イニョプの道
 ・華政/韓国時代劇
 ・イニョプの道
●朝鮮王朝人物列伝
●国王列伝/事件簿
 ・おどろき国王列伝
 ・事件簿
●歴史事典/編集部
 ・歴史事典
 ・編集部

ページ上部へ戻る