廃妃・尹(ペビ・ユン)氏!王の顔に傷をつけた王妃

朝鮮王朝人物列伝/第20回

廃妃(ペビ)・尹(ユン)氏は、10代王・燕山君(ヨンサングン)の母親である。しかし、王である成宗(ソンジョン)に対して大変な無礼を働いてしまった彼女は、王宮を追い出されてしまう。

シシキノ エ鄲ヌ 7

嫉妬深い性格

尹氏は当初は側室だったが、1474年に成宗の最初の正室である恭恵(コンヘ)王后が18歳で早世したことにより、二番目の正室として迎えられた。しかし、彼女は、育ちの貧しさと野心的なことを理由に、成宗の母親の仁粋(インス)大妃から嫌われていた。さらに、仁粋大妃は「恭恵王后が亡くなったのは尹氏のせいだ」と思いこんでいて、彼女のことをとても憎んでいた。それには次のような理由がある。
仁粋大妃は、恭恵王后をとても可愛がっていたが、成宗は美貌の持ち主である尹氏だけを寵愛した。それが原因で、恭恵王后は精神を病んでしまったのだ。まさに仁粋大妃と尹氏の仲は最悪だった。




王妃となった尹氏は、1476年に成宗との間に生まれた息子は、成宗の後継者として世子(セジャ)に指名された。すると、彼女の嫉妬深い性格が表に出てきて、側室に強い警戒心を抱くようになった。その一方で、成宗は、側室の厳(オム)氏と鄭(チョン)氏のところへ通うようになってしまい、王妃のもとを訪れなくなった。
側室の2人は尹氏のことを嫌っていて、彼女の悪口を成宗の母親である仁粋大妃に言った。ここに王をめぐる女同士の争いが勃発した。(ページ2に続く)

ページ:

1

2 3 4

関連記事

ピックアップ記事

必読!「悪女たちの朝鮮王朝」

本サイトには、「悪女/奇皇后」というジャンルの中に「悪女たちの朝鮮王朝」というコーナーがあります。ここでは、朝鮮王朝の歴史の中で政治的に暗躍した女性たちを取り上げています。
朝鮮王朝は儒教を国教にしていた関係で、社会的に男尊女卑の風潮が強かったのです。身分的には苦しい境遇に置かれた女性たちですが、その中から、自らの才覚で成り上がっていった人もいます。彼女たちは、肩書社会に生きる男性を尻目に奔放に生きていきましたが、根っからの悪女もいれば、悪女に仕向けられた女性もいました。
「悪女たちの朝鮮王朝」のコーナーでは、そんな彼女たちの物語を展開しています。

本サイトの構成

本サイトは以下のジャンルに分類されています。
左側の上にカラーで色分けされたジャンルがありますので、それぞれにクリックして目的のジャンルにアクセスしてください。

[各ジャンルの紹介]

●雲が描いた月明り
●国王列伝/事件簿
・おどろき国王列伝
・三国高麗国王列伝
・事件簿
●朝鮮王朝劇場
●時代劇の主人公
●悪女/話題作
・朝鮮王朝三大悪女
・悪女たちの朝鮮王朝
・奇皇后
・華政/韓国時代劇
・イニョプの道
●オクニョ
・登場人物
・豆事典
・歴史解説
●朝鮮王朝人物列伝
●日本と韓国の歴史

・朝鮮王朝全史
・歴史探訪
・韓国の歴史
●歴史事典/編集部
・歴史事典
・編集部

ページ上部へ戻る