歴史事典/編集部

歴史事典

朝鮮王朝の悲劇の王「端宗(タンジョン)」の最期とは?

11歳で朝鮮王朝の第6代王に即位した端宗(タンジョン)は、1455年に叔父の世祖(セジョ)に王位を奪われ、さらに流罪となった。その後の彼を待っていた運命はあまりに悲惨であったのだが……。あまりにひどい処遇「朝鮮王朝実録」の1457年10月2...
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朝鮮王朝で迫害された仏教はその後も根強く残った

古代の三国時代から朝鮮半島では仏教が根づいていたのに、朝鮮王朝の建国後は迫害を受け続けた。現在の韓国でも仏教寺院が山中に多く存在しているのは、朝鮮王朝時代に次々と市中から追放されたなごりである。そういう意味では、高麗王朝時代とは別世界のよう...
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人生を左右する科挙にも不正が多かった

中国にならって朝鮮半島でも科挙が行なわれるようになったのは、8世紀の新羅(シルラ)時代からである。高麗(コリョ)でも科挙はしっかり受け継がれたが、この制度が官僚登用試験として重要性を増したのは朝鮮王朝が建国されてからだ。実施は3年に1回たと...
事件簿

明聖(ミョンソン)王后の溺愛!朝鮮王朝の重大な事件簿12

明聖(ミョンソン)王后は17歳のときに夫の顕宗(ヒョンジョン)の即位によって王妃となり、世継ぎとなる長男を19歳で出産した。その長男が19代王・粛宗(スクチョン)になったのは1674年で、明聖王后は32歳だった。高官たちから抗議を受けた意外...
事件簿

太宗(テジョン)の剛腕!朝鮮王朝の重大な事件簿11

朝鮮王朝3代王・太宗(テジョン)は、初代王・太祖(テジョ)の五男として生まれたが、後継者に指名されなかったことで「第一次王子の乱」を起こした。その後、彼はどんな行動を取ったのか。「第二次王子の乱」勃発芳遠(バンウォン)は、父親の太祖が退位し...
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事件簿

太祖(テジョ)の乱心!朝鮮王朝の重大な事件簿10

朝鮮王朝の初代王である太祖(テジョ/李成桂〔イ・ソンゲ〕)。朝鮮王朝を建国したことで知られているが、彼の統治時代に、王の後継者をめぐる争いが起きている。なぜ、そのようなことが起こったのだろうか。初代王として即位した理由もともと高麗の武将だっ...
事件簿

純元(スヌォン)王后の悪政!朝鮮王朝の重大な事件簿9

19世紀前半、朝鮮王朝の政治を完全に牛耳った純元(スヌォン)王后。彼女は一族で要職を固める勢道政治に固執したが、孫の24代王・憲宗(ホンジョン)が1849年に22歳で急死したとき、最大のピンチを迎えた。王族の中で意にそぐわない男子を排除して...
事件簿

文宗(ムンジョン)の不覚!朝鮮王朝の重大な事件簿8

名君として名高い4代王・世宗(セジョン)の長男として生まれた文宗(ムンジョン)。世宗が即位して3年後の1421年に7歳で世子として指名された。それから世宗が亡くなるまでの29年間、文宗は世子として過ごしたのだが、世宗統治時代の最後の8年間は...
事件簿

思悼世子(サドセジャ)の悲劇!朝鮮王朝の重大な事件簿7

21代王・英祖(ヨンジョ)の息子である荘献(チャンホン)。彼は、王の後継者という立場でありながら、ある悲劇に見舞われてしまう。いったい何があったのだろうか。親子の間に生まれた確執英祖には息子が2人いた。長男の孝章(ヒョジャン)は、1719年...