思悼世子(サドセジャ)が餓死した後で妻の恵慶宮(ヘギョングン)はどうなった?

時代劇の登場人物

 

恵敬宮(ヘギョングン)は、21代王・英祖(ヨンジョ)の時代に領議政(ヨンイジョン/現在の総理大臣)を務めた洪鳳漢(ホン・ボンハン)の娘である。彼女は、思悼世子(サドセジャ)の妻としてどのように過ごしたのか。

陥れられた思悼世子

朝鮮王朝時代の王子は、現代と比べものにならないほど結婚が早かった。
思悼世子が9歳のときに、妻として迎えられた恵慶宮。彼女の夫である思悼世子は、21代王・英祖の二男である。
幼いころから聡明だった思悼世子は、10代半ばで政治の一部を担っていた。そのときに、当時の主流派閥であった老論派(ノロンパ)を厳しく批判してしまった。それによって思悼世子は老論派から警戒されようになった。




老論派の高官たちは、思悼世子の評価を落とすためにいろいろと工作を繰り返したが、その首謀者の1人は、恵慶宮の父親である洪鳳漢(ホン・ボンハン)であった。さらに、妻の実家にも思悼世子を批判する人が多かった。
老論派の者たちによって、思悼世子の素行の悪さが王である英祖に伝えられた。それを聞いた英祖は、息子を呼んで叱責する。そのことが原因で、2人の親子仲が険悪になってしまう。さらに、思悼世子は反乱の首謀者として疑われてしまう。
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