文定(ムンジョン)王后は人生の中でどんな悪事を働いたか

時代劇の登場人物
広告

 

広告

体調を崩した仁宗

1545年、文定王后は仁宗を呼び出した。祭祀を終えた仁宗は、文定王后のもとへ向かおうとする。しかし、このとき彼は体調を崩していた。
臣下たちは王が無理しないように止めたのだが、息子として行かなければならないと思っていた仁宗は、臣下たちの意見を無視した。
文定王后は、王である仁宗に対してずっと冷たい態度を取っていたが、このときは違った。
彼女は、自分の部屋を訪れた仁宗をにこやかな笑顔で迎えた。仁宗は、今まで冷たい態度を取っていた文定王后の機嫌がいいことを喜び、差し出された餅を食べた。
仁宗は即位直後から体調を崩していたが、文定王后のもとを訪れた後に症状が悪化してしまう。
下痢や高熱を発したうえで気を失ってしまった仁宗は、医師たちの治療によってなんとか意識を取り戻したが、絶対に安静にしていなければならなかった。




そのような状況にもかかわらず、文定王后は王の見舞いに行こうとはしなかった。それどころか、外出騒ぎを起こして臣下たちを混乱させた。
(ページ3に続く)

『オクニョ』に登場する実在の人物で一番のワルは文定(ムンジョン)王后!

悪の手先だった鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)

明宗(ミョンジョン)は何をした?『オクニョ 運命の女』に登場

中宗(チュンジョン)はなぜ文定(ムンジョン)王后の悪行を止めなかった?

文定(ムンジョン)王后が明宗(ミョンジョン)を不幸にした!