張禧嬪(チャン・ヒビン)の息子の景宗(キョンジョン)が即位!朝鮮王朝全史20

朝鮮王朝全史

20代王・景宗が即位

張禧嬪は死薬によって自決させられた。
また、彼女と深く関係した者たちも官職を没収された。
このとき、粛宗と張禧嬪の子供である長男は13歳だった。
しかし、すでに粛宗は側室の淑嬪(スクピン)・崔氏(チェシ)との間にも二男を授かっていた。




長男が病弱で子供を作れない体質だったこともあり、宮中では二男を後継者にすべきだという声が多くあがった。
こうなると、長男を擁護する派閥と、二男を支持する派閥に完全に分かれた。この両派は熾烈な党争を延々と続けた。
1720年、粛宗が59歳で息を引き取った。
粛宗は国内情勢を安定させるなど、数々の偉業を達成していることで評価されている。しかし、張禧嬪の一件を見るだけでも、愛憎の起伏が激しい人物だった。
粛宗が亡くなり、長男が20代王の景宗(キョンジョン)となった。(ページ3に続く)

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