タグ:古代史

  • 聖天院にある高麗王廟

    日韓古代史が面白い!〔渡来人の足跡(後編)〕

    西武池袋線の「高麗」駅から丘陵地帯を40分ほど歩くと、聖天院にたどりつく。山門をくぐらず、そのまま右に進むと、すぐに「高麗王廟」に出た。社の中に高さ2・3mの石塔がある。これが墓に該当するのだが、祀ら…
  • この海から若光は大磯に上陸した

    日韓古代史が面白い!〔渡来人の足跡(中編)〕

    渡来人の中で、関東の開発に貢献したのが若光(じゃっこう)である。彼は高句麗の王族で、666年に来日した。当時、新羅と唐の連合軍が高句麗を攻めていた。若光は日本に援軍を要請しに来たのであった。 […
  • 嵯峨野の川に堰を作ったのが秦氏だと言われている(写真は嵐山の渡月橋)

    日韓古代史が面白い!〔渡来人の足跡(前編)〕

    古代、朝鮮半島からやってきた人々はどのように総称されたのか。古代の日本では「帰化人」と言っていた。古代だけではない。1970年代まではその呼び名が定着していた。しかし、今では「渡来人」という呼び方のほ…
  • 堂々たる善光寺の本堂

    日韓古代史が面白い!〔仏教伝来(後編)〕

    物部氏が滅んだ翌年の588年には、飛鳥の真神原(まかみのはら/現在の奈良県明日香村)で飛鳥寺の造営が始まっていた。ここで注目すべきは、その11年前の577年に百済の都だった扶余(プヨ)で王興寺(ワンフ…
  • 蘇我氏の人たちも、この甘樫丘の頂上によく登ったと推定されている

    日韓古代史が面白い!〔仏教伝来(中編)〕

    蘇我氏と物部氏の間で起こった仏教の受容をめぐる対立は、数10年も続いた。つまり、ヤマト政権の主導権をめぐる争いの中で、仏教が一番の争点になったのだ。治世は欽明天皇、敏達天皇、用明天皇へと移った。この用…
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    日韓古代史が面白い!〔仏教伝来(前編)〕

    6世紀の朝鮮半島。高句麗(コグリョ)、百済(ペクチェ)、新羅(シルラ)の三国が激しい領土争いをしていた。百済は、新羅の背後にある日本と良好な関係を築きたいと願っていた。それが、新羅を牽制する最良の方法…

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