隣人を助けるのも務め
残念ながらまるで売れなかった。
お涙頂戴のようなやり方がかえって周囲に「いかがなものか」という雰囲気をもたらしてしまったのかもしれない。
そのときだった。
突然、20代前半の若者が車内で大きな声を出した。
「みなさん、買ってあげようじゃないか。隣人を助けるのも務めですよ」
そう言うと、若者は母親を呼んで二つのチューイングガムを買った。その応対も非常に腰が低く、決して高飛車な態度をとらなかった。スーツを着てネクタイを締めていたが、茶髪でどこから見ても今風の若者だった。
場の空気が一変した。
今度は、車内のあちこちで母親に声をかけて購入する人が相次いだ。
若者は見事にチューイングガムを売る親子の先導役を果たしたのである。
確かに、見知らぬ人たちに向かって「隣人を助けるのも務め」と堂々と言い放った態度に感心した。
サクラじゃないのか。
ちょっぴりそう疑ってしまう心がないわけではない。
しかし、若者にはそんな素振りはなかった。彼は、真心から親子に同情して販売に協力してあげたのだ。
そう思って地下鉄を降りたほうが、その日はずっと心地よくいられるはずだ。
文=康 熙奉〔カン・ヒボン〕
構成=「歴史カン・ヒボン」編集部