運転手の執念に感心した
ソウル中心部で友人と酒を飲んでホテルに戻るときの話だ。
相乗りのタクシーに乗った。先客は若い男性で助手席にいたので、私は後部座席に座った。
先に目的地に着いたのは先客だった。
「手持ちがないので家から取ってくる」
先客はそう言って、目の前のマンションに入っていった。
すぐに戻ってくると思ったが、5分以上も待たされた。
「ちょっと様子を見てくるから、そこで待っていてください」
運転手はそう言って、マンションの中に入った。
困ったことに、この運転手も戻ってこなくなった。
こちらも酔っていたから気持ちはのんびりしていたが、早くホテルで寝たかったのも事実だった。
そう思って待っていると、運転手が駆け足で戻ってきた。
「あの野郎、逃げやがった。お客さん、悪いけど、降りてくれないか。他のタクシーを探してくれ」
そう言われて、そこまでの料金もしっかり取られた。
そのうえで、運転手は「絶対に逃がさない」と叫びながら、鬼のような形相で再びマンションの中に入っていった。
踏んだり蹴ったり、である。タクシーが通る表通りまで、私はトボトボと歩かなければならなかった。
「日本でなら、待たせた乗客に降りてくれ、とは言わないよなあ」
そう思った。少し腹も立ったが、同時に、運転手に感心する部分もあった。
「絶対に逃がさない」
そう叫んだ運転手の恐ろしい形相を何度も思い出した。あの執念は、淡白な感情では韓国で生きづらいことを如実に示していた。
文=康 熙奉〔カン・ヒボン〕
構成=「歴史カン・ヒボン」編集部