『七日の王妃』歴史解説!燕山君(ヨンサングン)と中宗(チュンジョン)と端敬(タン ギョン)王后の運命

拒めなかった中宗

実際、端敬王后の身内には燕山君の関係者が多かった。それゆえ、高官たちは、燕山君一派の残党たちが端敬王后を担いで復讐に立ちあがるのではないかと恐れた。よって、中宗に端敬王后の廃妃を強く求めたのである。
国王になったからには、中宗はそれをきっぱり拒絶することもできたはずだ。なにしろ、愛する妻であり、命の恩人でもあった。
当初は拒んでいた中宗だが、最終的には受け入れざるを得なかった。それによって、端敬王后は廃妃となってしまった。




もし、中宗が強硬に高官たちの申し出を断って、端敬王后が王妃のままであり続けていれば歴史はどうなっていただろうか。
中宗が後に迎えた文定(ムンジョン)王后は、典型的な悪女であり、朝鮮王朝の政治を乱した張本人であった。
歴史に「もしも……」はあり得ないが、中宗が端敬王后を離縁していなければ、16世紀前半の朝鮮王朝の政治は、もっと安定したはずだった。
そんな歴史背景を持つのが『七日の王妃』というドラマである。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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