『七日の王妃』歴史解説!燕山君(ヨンサングン)と中宗(チュンジョン)と端敬(タン ギョン)王后の運命

高官たちの要求

燕山君と晋城大君は異母兄弟であった。
年齢は燕山君のほうが12歳上であり、性格が粗暴であった燕山君は、晋城大君を徹底的にいじめ抜いた。
それゆえ、晋城大君は兄に対して恐怖すら感じていた。
1506年、燕山君を追放しようとしてクーデターを起こした高官たちは、最初に晋城大君の屋敷を訪れた。燕山君の後に即位してもらうためである。
しかし、多くの兵士が屋敷に向かってくるのを見た晋城大君は、「兄が自分を殺しに来た」と錯覚してしまった。




絶望した晋城大君は自害しようとしたが、それを必死に止めたのが妻であった。いわば、晋城大君は妻の必死の制止によって生き延びたのである。
その晋城大君は、燕山君が廃位になった後に中宗として即位した。必然的に、妻は端敬王后という王妃になった。
しかし、クーデターを成功させた高官たちは、即座に中宗に対して妻の離縁を要求してきた。その理由は何なのか。
実は、端敬王后の父は燕山君の側近の慎守勤(シン・スグン)だった。慎守勤は、高官たちに殺されており、端敬王后が恨みを持っていることは間違いなかった。さらに、燕山君の正室だった慎(シン)氏は、端敬王后の叔母であった。(ページ3に続く)

最悪の暴君だった燕山君(ヨンサングン)!朝鮮王朝全史8

中宗(チュンジョン)はどのようにして即位したのか

中宗(チュンジョン)と王妃の「チマ岩の伝説」

王の毒殺に関わった文定(ムンジョン)王后/悪女たちの朝鮮王朝4

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